木村紅美さん
木村紅美さん

「自分でも意図していなかった不思議な小説になりました」と、木村紅美さんは笑う。

 新作『あなたに安全な人』(河出書房新社、1837円・税込み)の舞台は東北の町。教師を辞めて人目を避けるようにひっそりと暮らす妙と、沖縄新基地反対のデモで警備をしていた便利屋の忍。二人には過去に人を「死なせてしまったかもしれない」という共通点がある。

「3年前、辺野古の米軍基地ゲート前で座り込みに参加し、機動隊員に排除されました。そのとき、暴力的な行為をせざるを得ない側の視点で小説を書きたいと思いました」

 沖縄での記憶が蘇ってくると、忍はそれを振り払うようにライターで自分の身体をあぶる。

 一方、妙は教え子がいじめられているのを見過ごし、それが彼の海難事故死を招いたのではという思いを抱えている。

 そんなとき、妙の近所で東京からの移住者が自殺するという事件があった。新型コロナウイルスの感染を恐れるマンションの住民から忌避されたことが原因だという。

「昨年岩手県で起こった出来事を参考にしています。実際その町を歩いてみると、驚くほど人の気配がないんです。そういう土地で暮らしていたら、私もよそ者を阻害していたかもしれない。自分の中の加害者性を見つめたいと思いました」

 この死者の存在が、接点のなかった妙と忍を結びつける。

「東日本大震災後の復興に携わる友人が、被災地での幽霊の話を普通に受け入れていることに衝撃を受けました。そこでは、死者と生きている人が対等に扱われています」

 二人は妙の家で共同生活を送るが、互いに顔を合わせず、メモと鈴によって、静かなコミュニケーションをとる。

「二人にとってはこれが心地よい距離感なんだと思います。私も子どもの頃から転校が多かったせいか、人付き合いが苦手です。小説でも、そういう人と人の間の機微を描くのが好きですね」

 本作は、妙と忍のそれぞれの視点で語られる。お互いの感情がすれ違っている様は淋しいが、ユーモラスでもある。

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