春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「値上げ」。

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 原油高騰で色んなモノが値上がり中だそうな。落語家は己とその芸が「商品」。原油が上がっても「私の価格」は今のところ据え置きだ。寄席のギャラは、一日の入場料の総額を寄席側と芸人側で折半にし、その半分を大勢の芸人で分ける。だからそのギャラを「割り」と呼ぶ。正直それで生活していくのは大変。寄席以外の落語会や独演会のギャラで何とかやっていく。その金額はイベントを企画する会社が設定するのだ。

 先日、某イベンターからファクスが送られてきた。演芸業界はいまだにファクスが活躍中。「某日某所の落語会、出演料は〇〇円でいかがでしょうか?」。フムフムと目を通していると、もう一枚送付されてきた。それには十数人の落語家の名前がズラッと記され、その横に「二人会→〇〇円」「独演会→△△円」と書かれていた。落語家の出演価格表らしい。独演は高く、二人会、三人会はもうちょい安価になるのだろう。

 同業者に一番見せてはいけない、見られたくない、また見たくないものが送られてきた。見ないほうがいいのに見てしまう。「〇〇師匠、こんなにもらってるのか……」「△△師匠、こんなもんなのか……」「□□!? なんでこいつがこんなに取ってんだよ!」。頭の中がグルグルしてきた。さてどうしよう。このファクスが私の元に届いたことを先方に知らせるべきか? それとも黙って私の胸にしまっておくべきか?

 思いきって電話してみた。「あー、一之輔師匠! ファクスご覧頂けましたか?」「お仕事は問題ありません。ありがとうございます……ただ、大問題が発生してしまいました……」「なんでしょう?」「今度のギャラ……なぜ□□(後輩)とこんなに開きがあるのでしょう?」「……え?」「△△師匠と私を一緒にしても〇〇師匠の足元にも及ばないのは、やはり〇〇師匠の御社に対する貢献度からでしょうか?」「……何のことですか?」「今回ご依頼の仕事。私と〇〇師匠と前座の3人でキャパ500人の会場。満員になったとして、この3人のギャラの合計が〇〇〇円。会場使用料がおおよそ△△△円。御社の取り分が約□□□円……。他にも間に数社入っているのか、はたまた御社が法外に儲かっているのか……この際出演料についてお話しさせて頂けませんかねぇ……」

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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