(c)たらちねジョン(秋田書店)2021
(c)たらちねジョン(秋田書店)2021

 夫を亡くした65歳の女性が映画作りを志す。異色のストーリーで話題の漫画『海が走るエンドロール』が売れている。ツイッターで1話を公開すると28万“いいね”がつき、単行本は数日で完売。老若男女の心を揺さぶる作品は、大切な人の死を知る作者が生み出した。

【この記事の画像の続きはこちら】

*  *  *

 物語は、主人公のうみ子が夫の仏壇に炊きたてのごはんを供えるシーンから始まる。四十九日は過ぎたが、ふと夫を思い出してはしんみりしてしまう日々。

 そんななか、思いつきで訪れた映画館で、映像専攻の美大生、海(カイ)と出会う。交流を深めるうち、自分のなかの「映画を撮りたい」衝動に気づいたうみ子は、海と同じ美大に入学し、夢への一歩を踏み出し……。

(c)たらちねジョン(秋田書店)2021
(c)たらちねジョン(秋田書店)2021

 今年8月に1巻が発売されると、翌日には重版が決まり、既に12万部を売り上げている。そこまで多くの人を引きつける魅力とは何なのか。

 紀伊國屋書店新宿本店のコミック担当、木村歩夢さんは「主人公の新しいことに挑戦する姿勢や、モノづくりへの熱意が、幅広い層に響いている」と話す。

「若い女性や中高年男性の購入者も多いことが印象的です。近年、シニアが主人公の話題作はいくつかあります。下の世代にとって、楽しく生きるキャラクターの姿は、年を重ねる上での憧れの存在に映るのでしょう」

 シニアの何げないしぐさや心の機微を描く作者のたらちねジョンさんは、意外にも32歳の女性だ。

「30代になると、若い子より年上の元気な人に感情移入できるし、ポジティブなパワーをもらえる」

 うみ子の年齢を65歳にしたのは、母親と同年代でイメージしやすかったからだという。そして、自身の母とうみ子の間にはもう一つ、「夫に先立たれた」という共通点もある。

 たらちねさんが小学2年の時、大学教授で海外に滞在中だった父が突然この世を去った。脳梗塞(こうそく)だった。日本に帰ってきた父が「遺体」の姿だったことを、当時はよく理解できなかったという。

著者プロフィールを見る
大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

大谷百合絵の記事一覧はこちら
次のページ