映画「ボストン市庁舎」の1場面。11月12日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ他全国順次公開。配給:ミモザフィルムズ、ムヴィオラ=(C)2020 Puritan Films, LLC - All Rights Reserved
映画「ボストン市庁舎」の1場面。11月12日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ他全国順次公開。配給:ミモザフィルムズ、ムヴィオラ=(C)2020 Puritan Films, LLC - All Rights Reserved
ワイズマン監督(Photo by Adrien Toubiana)
ワイズマン監督(Photo by Adrien Toubiana)

 黒澤明の「生きる」など「アンチ官僚主義」を描いた名作映画は数あれど、91歳の巨匠が新作のドキュメンタリーでつまびらかにするのはリアルなお役所仕事。日本の行政のありかたにも重要なヒントを投げかける。

 お役所仕事にうんざりした経験はあるのは、私だけではないだろう。ドキュメンタリー映画「ボストン市庁舎」を見たら驚く。マーティン・ウォルシュ市長(当時)をはじめ、職員たちが「私たちの仕事は市民を助けることだ」という姿勢に徹しているからだ。

 メガホンを取ったのは、映画監督として50年以上のキャリアを持ち、2016年にアカデミー名誉賞を受賞したフレデリック・ワイズマン(91)。前作「ニューヨーク公共図書館」(2017年)をはじめ、多くのドキュメンタリー映画で高い評価を受けてきた。

 本作は米国・ボストン市という大都会の市役所が舞台。映し出されるのは警察、消防、保健衛生、住宅、雇用、交通、結婚、死亡……など住民の日常生活に直結する幅広い部署だ。同性婚を取り持つ職員の姿や、駐車違反で切符を切られた住人のエクスキューズに臨機応変に対応する職員、ネズミ被害に悩む住人の自宅で対策を考える職員と、彼らの働きぶりは「お役所仕事」という言葉のイメージを一変させる。

 中でもマーティン・ウォルシュ市長の、率先して動き続ける姿や、「君たちは公務員としてその責任がある」と力強い言葉で職員を鼓舞し、やる気を引き出す姿が印象的だ。

 ところで、ワイズマン監督はなぜ、数ある自治体の中からボストン市を選んだのか。

「最初に映画のアイデアが浮かんだのが2018年の春でした。6人の市長に手紙を出したんですが、2人が断ってきて、3人は返事なし。唯一『やります』と言ってくれたのがボストン市だったのです」

 ボストン市出身の監督だが、映画を撮る前は「市庁舎には1回しか踏み入れたことがなかった」そうだ。

 視点を定めることもなく、取材対象への十分な知識もなく、映画を作り始めるのがワイズマン流。本作でも、「なるべくたくさんのイベントを取材することが私のプランだった」と話す。毎日午後に決まる各部署のミーティングスケジュールを尋ね、希望のミーティングをアレンジしてもらいながら撮り続けた。

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「市長の仕事とは市民に扉を開くこと」