白井晃さん(撮影/二石友希)
白井晃さん(撮影/二石友希)

 多忙を極める演出家の一人である白井晃さん。KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督を今年3月に退任。これまでに得てきたものとは。

前編/白井晃が解釈する“おたく”の苦悩 「居場所を模索している人は多い」】より続く

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 KAATでは、20世紀初頭の翻訳物を積極的に手掛けてきた。偏愛する作家もいるけれど、演出家としてはいろんな作品をいろんな形で上演したいと考えている。

「一番好きなのは劇場文化なので、つい、劇場によって上演する演目や、スタイルを変えたいと思う。空間芸術としての舞台に、どういう作品が合うかをいつも考えています。今回はシアタークリエなので、ライトタッチの、わかりやすく楽しんでもらえるものが作れれば、と。ウェルメイドな中に、誰の心とも近接する、普遍的なテーマが隠されているような」

 この後には、再演となる2作品が続く。「アルトゥロ・ウイの興隆」は、コロナ禍になる直前、20年1月からKAATで上演された舞台で、キャストをほとんど変えずに上演されるが、来年1月から世田谷パブリックシアターで上演される「マーキュリー・ファー」は、初演では高橋一生さんと瀬戸康史さんが演じていたエリオットとダレンの兄弟役を、吉沢亮さんと北村匠海さんが演じる。チケット争奪戦必至の話題作だ。

「どの作品も愛着を持って作っているので、全部再演したいんですが、どんなによい作品であっても、お客さんが入って、商業的に成功しなかったら制作者は再演に向けて動けない。いくら舞台は芸術だといっても、そこには経済が伴ってきます。なので、演出するとき、『自己満足にならないように』ということは、常に心がけています。演劇の場合は特に、自己満足でやって、『後世、評価された』なんてことはありえない。絵画なら絵は形として残り、音楽なら譜面として残っていくけれど、舞台は、常にコンテンポラリーに観客と対峙していかなければいけないものです。それが、この表現形態の運命だと思っています」

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