瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡 老親友のナイショ文」(朝日新聞出版、税込み1760円)が発売中。

 半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

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横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。(写真=横尾忠則さん提供)
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。(写真=横尾忠則さん提供)

◆横尾忠則「絵を描くことは地獄を見ることなんです」

 セトウチさん

 東京都現代美術館での「GENKYO 横尾忠則」展の開催後、初めて一般客に混じって見ました。入口入るなりいきなり150号の作品が20点ばかり並んでいる。画家に転向した45歳の処女作だ。リハーサルなしのいきなり本番の絵画作品です。僕はせっかちな性格なので、じっくりリハーサルをして本番に臨むなんてまどろっこしいことをするのが大嫌いです。画家転向以前はグラフィックデザイナーだったので、野球に例えればソフトボールのピッチャーが、いきなりプロ野球のマウンドに立つようなものです。

 そんな画家の処女作を今回見られた世田谷美術館の酒井忠康館長は、「初期作品がちっとも古く感じない」とおっしゃった。成長がないということかなとも思ったが、久々に僕も現物を見て、近作とそう変わらないなあ、とも思った。この前も書いたように人間って変化はするけれど進歩しないもんだとも思った。展示された600点の作品をこの展覧会のキュレーターの南雄介さんと、質問を受けたり、説明しながら2時間半かけて廻った。この2時間はアッという間で、演劇や映画でもこんなに長い時間と対峙できないが、絵は与えられた時間ではなく、自分で作っていく時間だから、肉体の消耗にもかかわらず、そんなに長くかからない。観客の中でも4時間かかったという人もいるくらいで、絵は見る人の時間を止める何かがありそうだ。

 僕の2時間半は駆け足だったと思う。自作と対峙しながら、当時のことを回想するのだが、作品が語りかける内容は一点一点がダンテの「神曲」の煉獄体験のように思えた。そうか、絵を描くことは地獄を見ることなんだ。絵を描くことが愉しいという人にとっては天国かも知れないが、僕にとっては業火で肌を焼くようなものであった。そして、創造とは「神曲」の往復運動でもあることを今になって追体験しているのである。描く時と、時間を経て再び見るという反復行為によって作品は自分の中で完結するのかも知れない。

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