映画「浜の朝日の嘘つきどもと」は、シネスイッチ銀座ほか全国公開中 (c)2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会
映画「浜の朝日の嘘つきどもと」は、シネスイッチ銀座ほか全国公開中 (c)2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会

「今もっともチケットのとれない落語家」が、福島が舞台の映画でつぶれかけの映画館の支配人を演じた落語家・柳家喬太郎さん。芝居をする行為は、コロナ禍で経験した強烈な退屈からの復活への一助になった。

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柳家喬太郎(撮影/写真部・加藤夏子)
柳家喬太郎(撮影/写真部・加藤夏子)

 大学を卒業してすぐ、1年半ほど、銀座の福家書店の書店員だったことがある。ずっと落語は好きだったけれど、落語で食べていくことは考えられなかった。

「落語には、畏敬の念があったんです。大学では落研に入って、度胸をつけるために、“ストリート落語”と称して道端で落語を披露したり、老人ホームを慰問したり……。あまりに好きすぎて、もし自分が落語家になったら、苦しむことはわかりきっていたんです」

 落語以外には、本が好きだった。書店員になった理由は、本に囲まれていたかったからだ。

「“好きこそものの上手なれ”とはいうけれど、僕の場合は、何でも好きに走りすぎる傾向がありますね。当時は村上春樹さんの『ノルウェイの森』が売れに売れていた頃。でも僕はそういうベストセラーを見抜く力はなくて、好きな落語の雑誌……というか季刊誌とは名ばかりの、年に1冊しか出ないムック本を、勝手に10冊仕入れたんです。自分で1冊買いましたが、残りの9冊は全く売れずに返品したことがある。そのとき、『書店員としての才能はないな』と思い知らされたし、そもそも会社員としてはかなり不良でしたね(笑)」

 1989年に人情噺で知られる柳家さん喬師匠に弟子入り。2000年に真打ちになるまでには、落語以外の仕事でも食い扶持を稼いだ。

「入門後、二ツ目になった頃はかなりとがっていて、感情の起伏が激しかった。『落語さえなければこんなに苦しまずにすんだのに』と、落語を憎む瞬間もあったくらいです。今でも、大好きな落語を仕事にしたことで、苦しい気持ちはあります。俺みたいな者の落語を、お客さんがお金を払って聴いてくださる。それはものすごくありがたいことだけれど、一方で申し訳ないなとも思うんです。だから、その申し訳なさを解消するには、死に物狂いで頑張るしかない。でも今は、次に生まれ変わっても噺家になりたいと思いますね」

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