さっと移動してパッとポーズを決める。移動中も笑顔を絶やさず、自然に空気を和ませる [撮影/小黒冴夏、ヘアメイク/石崎達也、スタイリスト/岡井雄介]
さっと移動してパッとポーズを決める。移動中も笑顔を絶やさず、自然に空気を和ませる [撮影/小黒冴夏、ヘアメイク/石崎達也、スタイリスト/岡井雄介]
桐谷健太 [撮影/小黒冴夏、ヘアメイク/石崎達也、スタイリスト/岡井雄介]
桐谷健太 [撮影/小黒冴夏、ヘアメイク/石崎達也、スタイリスト/岡井雄介]

 大規模な労働闘争によるスタッフの窮状を救うべく、黒澤明監督は映画「醉いどれ天使」とほぼ同じキャストで舞台化し巡業した。あの傑作が、さらに登場人物を掘り下げた群像劇として上演される。桐谷健太さんが演じるのは、三船敏郎が演じた戦後の闇市を牛耳る若きヤクザ・松永だ。

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前編/桐谷健太「三船敏郎に勝手な親近感。高校のときからギラついていた」】より続く

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「映画は、戦後すぐの闇市という、あの時代にしか撮れない風景や空気感が映し出されています。基本、映画はフィクションだけれど、未来の人間からすると、『こういう時代があったのか』というドキュメンタリーにもなっている。あの時代に生きていた人たちは、『闇市』と聞けば、共通のイメージがあるんでしょうけれど、現代に生きる僕らからすると、『なぜ?』と違和感を覚える場面もあった。特に、肺病を抱え、医者に治療を勧められても素直になれない松永の心情は、正直、理解できないなぁと思ったりもしました」

 舞台の稽古に入るのはまだまだ先だったが、ぼんやりと、「なぜ松永はこんなに素直になれないのか」という疑問を抱えていたとき、仕事で沖縄を訪れた。その際、ベトナム戦争のときに、沖縄でライブ活動を続けていた人たちと話す機会に恵まれた。

「話を伺って感じたことは、非常時というのは、人間は普通の思考ができなくなってしまうということ。戦地に向かったアメリカ兵は誰もが、仲間が残酷な死に方をしていくのを目の当たりにして、それが当たり前の世界になっていくことの恐ろしさを語っていたそうです。狂ってしまった世界に身を置きながら生き残るには、狂った世界の常識に自分をチューニングしていくしかない。松永もきっとそうだったはずです。映画を観たときは、『今の僕だったら肺病の治療をして、家族に会いに行くのに』と思ったけれど、それは、今の時代に生きているから言えることなんです」

「映画の中で松永は、ただ、今を生きるために生きていた」と桐谷さんは語る。「こうありたい」という理想や目的を持つ余裕はなく、「今」という瞬間を繰り返すだけで必死だったのではないかと。

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