窪 美澄(くぼ・みすみ)/1965年、東京都生まれ。2009年、「ミクマリ」で「女による女のためのR―18文学賞」大賞、11年、『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、12年、『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞、19年、『トリニティ』で織田作之助賞。 (撮影/写真部・張溢文)
窪 美澄(くぼ・みすみ)/1965年、東京都生まれ。2009年、「ミクマリ」で「女による女のためのR―18文学賞」大賞、11年、『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、12年、『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞、19年、『トリニティ』で織田作之助賞。 (撮影/写真部・張溢文)

 父親に暴力を振るわれていたカメラマンの史也は、児童養護施設で育った看護師の梓に出会う。子供時代の傷を抱える2人はひかれ合い、過去と対峙する旅に出る。親を許すことはできるのか。『朔が満ちる』(朝日新聞出版、1870円・税込み)は、本誌の連載を改稿した長編小説だ。

「家庭内暴力の被害を受けた子供がどう成長していくのか、自分がどこまで想像して小説として書けるのか、挑戦するつもりで書き始めました」

 と窪美澄さんは語る。

 暴力ではないが、窪さんも母親に関するトラウマを抱えている。12歳のとき、母親は窪さんと2人の弟を置いて家を出ていった。その理由を窪さんは考え続けた。ひたすら考えるしかなかった12歳の自分を思うと今も切なくなる。

 母親とは窪さんが27歳のとき再会した。今では80歳を過ぎているが、当時の不可解な気持ちはまだ消えていない。

「乳児院の前に置かれていた梓の思いは、自分の気持ちを振り返って書いたところもあります。史也の父親の暴力にしても、受けた側の子供は振るった親の何十倍も考えていると思うんです。父親にこんなことがあったから自分に暴力を振るったのではないかと。その理不尽さも書けたらいいなと思いました」

 13歳になった史也は酒を飲んで暴れる父親に殺意を抱き、薪割り用の斧を手にする。そして事件が起きる。

 窪さんは新作を書くたびに何か新しいことをすると決めている。今まで女性の主人公が多かったが、今回は男性の史也の視点で長編に挑んだ。

「男性の気持ちは想像するしかないので難しいのですが、自分が辛いことをやろうと思っちゃうんですね。前と同じことはしたくないから、毎回どんどん作風が変わっていくんです」

 作風は新しくなっても、貫かれているのは「家族」というテーマだ。シングルマザーをはじめ、多様な家族の姿を描いてきた。家族は楽しいだけではなく、ネガティブな面もあることを小説は提示したほうがいいと考えている。

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