林:何というお店ですか。
志麻:ジョルジュ・ブランというお店です。すごく大きなホテルレストランで、世界中から研修生が来るんです。周りはアメリカ人とかカナダ人とかスペイン人とかばっかりで、でも私としては……。
林:想像とちょっと違っていた?
志麻:そうですね。私はもっと密にフランスの社会に入って、もっともっと小さいお店で、フランス人の生活にどっぷりつかりたかったんです。だから絶対日本人とは口をきかないと決めていて。
林:まあ。
志麻:すごい生意気で、ツンツンしてました(笑)。
林:うちの近所のフレンチのオーナーが、「修業時代はフライパンで頭をバンバンたたかれて、その痕がまだ残っている。包丁も投げられた」とか言ってましたが、志麻さんは大丈夫だったんですか。
志麻:フランスでそういうことはありませんでしたが、日本で働いたお店は厳しかったです。昔ながらの徒弟制度というか。
林:よく耐えられましたね。
志麻:それに関しては、ぜんぜんつらくなかったし、あたりまえだと思ってました。
林:え~っ?
志麻:私が日本で最初に働いた店は、東京でいちばん厳しい店と言われていて、みんな1年続かないんです。でも、私は絶対3年はやめないぞと思って続けました。
林:パワハラのようなことも?
志麻:今だったら問題になっていると思います。でも、当時はそういう世界だという暗黙の了解があったし、私もそう思って入ったから、かなり厳しく叱責されても、私が悪いって思っちゃうんです。
林:どうしてですか?
志麻:シェフが情熱をかけて、真剣に料理に向き合っていることがわかるので、「何を言われてもあたりまえ。できない私が悪い」と思っていました。叱責がつらいと思ったことは一度もなくて、逆に、できない自分が情けなくてよく泣いてました。3日に1回は泣いて家に帰っていましたね。
林:お給料はちゃんともらえていたんですか。
志麻:お給料は、初めて働いたお店が月18万円ぐらいですかね。
林:そんなに悪くないんですね。