ほとんど無一文でソウルに出たジェジュンは、「考試院(コシウォン)」と呼ばれる簡易宿泊所に身を寄せながら、建設現場や皿洗いなど様々な仕事をこなすことで生計をたて、芸能界を目指した。ちなみに考試院とは、もとは国家公務員を目指す若者たちの合宿所だったが、現在は生活困窮者の寄り合い所となり、韓国の格差社会の象徴として語られる場所になっている。

 6月8日、日本の報道陣とのオンライン取材に応じたジェジュンは、当時の苦労と決意をこう語った。「15歳の自分は、人生のすべてをかけてでも地元から抜け出したかったんです。大人になるまでここに居たら、ちっぽけな存在のまま人生が終わりそうで。でも、ソウルでは生きること自体がやっとで、どうやって夢をかなえるんだろうという毎日でした。それでも何とか壁を乗り越えて、強い自分になれた。あの時が一番、自分を強くしたと思う」

 2004年、5人のボーカルグループ「東方神起」のメンバーとしてデビュー。熱狂的な人気を誇るグループとなったが、09年、ジェジュンを含む3人が脱退。以後はグループ時代の活躍の歴史や思い出を公の場で語ることなく今に至るが、今回の映画では、監督の大胆な問いに答える形で思いを語っている。公式な場では、おそらくこれが初めてのことだろう。

 監督とは「昔からの飲み友達」だったそうだが、オンラインインタビューでは、タブーも躊躇(ちゅうちょ)もなく問いかける監督の姿勢に「そんなことまで聞くの?と驚いた。正直に言うと、自分が裸になったような気持ち」と率直に話していた。そして「マスコミの方々から質問されたことのないこと、ファンにも語ったことのないことが多く、答えることは怖かった」とも語った。

 ジェジュンがカメラに向かって答えること自体が「怖かった」と振り返る、もう一つの過去がある。「実の両親」の存在だ。

 成功を手にした主人公の前に、知られざる実の親が突如として現れる場面は、韓国に限らずともドラマによくある仕掛けだが、ジェジュンの場合はそれが「現実」となった。人気絶頂期の06年、実親がジェジュンの養父母を訴え、ジェジュンの生い立ちが公にさらされた。ジェジュンは自分を育ててくれた両親とともに生きる決意を事務所を通じて公表した以外、複雑な思いをあまり語らなかった。しかし今回の映画では、当事者たちを傷つけないように言葉を選びながら、丁寧に語ろうとする。

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