桜木:うちの父のことをモデルにしたとき、父のプライドについて考えました。娘に弱いところを見せない人なので。でも、父は誰が相手だったら本当のことを言うのかな、と考えたときに、明日は一緒にいない見知らぬ人なら、カッコつけながら自分のことをしゃべるだろうと。そういう他人の視点で書いたら見えてきました。「こういうことだったのかもな」という自分なりの答えが出てきて、家族のことは一区切りついたように思います。

林:私が桜木さんを知ったのは、初めて直木賞候補になった『ラブレス』で、この人、なんてうまいんだろうと思ってびっくりしちゃいました。

桜木:ほんとですか? 北の国の貧乏くさい話でした。

林:まだお若いのに手練れで、昭和の匂いがして、ほかの選考委員もみんなうまさを認めてたんだけど、1回目の候補だとなかなか受賞が難しくて、“お披露目”という感じになって、2回目の『ホテルローヤル』での受賞でしたね。直木賞の発表のあと、同じ北海道出身の先輩の渡辺淳一先生に「数寄屋橋」(銀座の文壇バー)に呼ばれたでしょ。私もいたけど。

桜木:私、記者会見があったので遅れて行ったんですよね。渡辺先生が怒っていらして、「なんでこんなに遅いんだ! あと10分遅かったら取り消すところだったぞ」って言われて、ああどうしよう、抱きついたら許してくださるかなと思って、「すみませ~ん」ってバッと抱きついたんです。私、浜の女なので、つい。そういう謝りかたしかできなくて。

林:それで先生のご機嫌が直ったんですよ。

桜木:そうですか。よかった(笑)。

林:『ホテルローヤル』はフィクションだと思ったら、本当のことなんですね。

桜木:いや、フィクションです。今いる人たちを想像させるような登場人物はいますけど、ああやって自分が育った環境をフィクションで書くことができたので、この先もうちょっとやっていけるかなと思った一冊でした。

林:お父さまがラブホテルを買ったというのは本当なんですね。

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