瀬戸内寂聴 横尾忠則の個展で上京へ「何もかも、最期になる」

2021/07/09 16:00

 こんな性格の人間が、現在、画家にようなれたなと思われるかも知れないけれど、こんな性格だから画家になれたのです。僕の絵は何でもありで、特定の主題も様式もない、その時々に思いついた画題を思いついた技法で描くだけだ。「お前の絵には一貫性がない、精神分裂症違うか?」と関西の具体美術の大御所の元永定正に言われたが、そういえばそうかも知れないが、この一貫性のないスタイルが俺のスタイルだ、と思ってしまえばこれも通用する。憧れの郵便屋さんにはなれなかったけれど、10代の後半の他力まかせの生き方が、そのまま今の生き方になっている。余談だけれど画家になったために切手のデザインを3種も頼まれた。郵便屋さんなら切手のデザインはできなかったはずだ。

 また大阪中央郵便局の一日局長に迎えられた時は人生最良の日で一生の宝物です。

 メデタシ、メデタシ。

■瀬戸内寂聴「そら行け! GENKYOへ!」

 ヨコオさん

 今度、凄い大展覧会が開かれるようですね。展覧会の題は「GENKYO」ですって? 「原郷から幻境へ、そして現況は?」という言葉がついているので、ああ、なるほどとうなずけました。「原郷」ということばは何と詩的でなつかしいのでしょう。「ふるさと」では甘くなります。「原郷」にすべての人の命の素がつまっています。ヨコオさんのような特別の天才も、ごく普通のおじさんやおばちゃんも、わたしのような、数え百歳になってしまったしがない物書きも、尼さんも、それぞれ、自分ひとりの「原郷」に生まれ、長い歳月をかけて、とぼとぼ歩きつづけ、自分では予想もしなかった、夢にも見たことのない「幻境」へとたどりつくのです。もう歩けなくなったり、人にすがって、やっと前へ進んだり、一言でいえば、すっかり見苦しく老いぼれてしまっても、まだ死ねない時は、せめて「幻境」までと、歩きつづけようと杖を握り直すのです。

「幻境」ということばを、一人真夜中にくりかえしつぶやいていると、予期しなかった涙がわっとあふれてきました。悲しいのでも、せつないのでも、さみしいのでもないのに、熱い涙は、まるで山奥の泉のように湧き溢れてくるのです。

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