著者は、当時のアユタヤが、アジア、中東、ヨーロッパなどの商人が集まる一大貿易拠点だったとする。徳川幕府も、大坂の陣の前は戦略物資の買い付けで豊臣方と争い、その後は、交易とキリスト教の布教をセットで行うスペインを遠ざけオランダとの結びつきを深める方策を、シャムを舞台に進めるので、徳川方の仁左衛門は、幕府の外交、交易の最前線にも立つことになる。そのため本書は、ビジネス小説、国際謀略小説としても秀逸で、豊臣恩顧だった加藤清正、亀井茲矩の大坂の陣直前の相次ぐ急死、井上正就が江戸城内で豊島信満に殺害された事件(これが江戸城での初の刃傷となる)など、原因に諸説ある謎が、幕府と諸外国との経済、外交の軋轢(あつれき)により引き起こされたとして歴史が読み替えられていくだけに、ミステリー的な面白さもある。

 シャムを交易相手と割り切る半左衛門は、日本の国益と自社の利益を守るために動いていた。これに対し仁左衛門は、ソンタム王に忠誠を誓い、(王の命令ではあるが)王家の元侍女タンヤラットと結婚し、我が子には日本とシャムの架け橋になって欲しいと考え、現地に溶け込もうとする。この仁左衛門と半左衛門のスタンスの違いは、真の多文化共生とは何かを問いかけているように思えた。

 シャムの王家を敬愛し、シャムの人たちと手を携えて生きようとした仁左衛門が、日本的な厚い忠義ゆえに転落していく終盤は、外国で暮らしたり、外国籍を取得したりしても、逃れ難い日本人のメンタリティがあるという現実を突き付けており、日本人とは何かを考える切っかけになるはずだ。

週刊朝日  2021年7月16日号