ふと、ある時期を境に気力がなくなってきたことを医師に漏らすと、精神科を受診するように勧められた。

「体の不調で、精神的な問題じゃない」と抵抗したが、家族の説得もあり、精神科を受診。その結果うつ病と診断され、抗うつ剤を処方されたのが、A子さんが亡くなって1年後のことだ。

『老人性うつ 気づかれない心の病』などの著書がある精神科医の和田秀樹さんがこう話す。

「こんなにも患者が多いのに、これほど社会から注目されていない病気があるのか、というのが、高齢者のうつに対する率直な感想」

 直美さんのように、気力や食欲の低下や不眠を老化現象の一種と思い込み、精神的な問題と気づかずに見過ごしてしまい、重症化するケースが後を絶たないと指摘する。

「日本の高齢者のおよそ5%がうつ病とされています。さらに憂鬱(ゆううつ)感が続く、落ち込みがち、何事にも気力がないなどの抑うつ気分まで含めると、10~20%にも上る。うつ病なのに見過ごされて放置状態の“隠れうつ”の人まで含めると、相当数に上るはずです」(和田さん)

 老年期のうつ病に見られる主な原因には、(1)重大なライフイベント、(2)慢性的なストレスの二つが挙げられる。(1)は、配偶者や家族といった重要な他者(ペットも含む)の喪失や死別、身近な人の病、家族や友人とのいさかい、施設入所や、子との同居に伴う転居で住み慣れた家から離れることなど。(2)は、認知機能や行動力の低下、同居家族とのいさかいなど居住環境の問題、定年退職など社会的役割の喪失、家族の介護、社会的孤立などだ。

 もちろん年をとれば、近親者との死別や身体機能の低下など、大小の喪失体験が出てくるのは自然ではある。国立長寿医療研究センター精神科部長の安野史彦さんが言う。

「心身の機能が低下し、社会的にも孤立しがちな高齢者は、潜在的に不安を抱えている人が多い。そうした意味で、若い人に比べてストレス耐性に弱い側面がある。高齢になれば、誰がいつ、うつになってもおかしくないとも言えます」

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