※写真はイメージです (GettyImages)
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 ドイツ文学者・松永美穂さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『花の子ども』(オイズル・アーヴァ・オウラヴスドッティル著 神崎朗子訳、早川書房、2310円・税込)と『空芯手帳』(八木詠美著、筑摩書房、1540円・税込)の書評を送る。

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「妊娠」「子ども」というキーワードでつながる二つの小説。オウラヴスドッティルの作品はアイスランドの女性文学賞などいくつもの賞を受賞し、フランスでベストセラーになったという触れ込みだ。

『花の子ども』の語り手は若い男性。22歳だが進路はまだ定まらず、体は大人でも精神は未熟。素直でやさしく、頭も悪くないが優柔不断。この「僕」は、事故死した母親の趣味である園芸の知識を受け継ぎ、歴史あるバラ園を再生することに生き甲斐を見出そうとする。

 彼には行きずりのセックスで生まれた幼い娘がいるが、養育費を請求されることもなく、娘とは無関係な日々を送っていた。しかしある日、娘をしばらく預かってほしい、という連絡が来る……。

 旅日記&園芸日誌でもあり、風変わりな子育て日記ともいえそうなこの小説は、不思議な読後感を残す。前半は主人公の未熟さに何度もイライラさせられるが、後半、彼の生活に子どもが登場してからの、守るべき存在を得て成長していく様子に、ふと好感を抱いてしまうのだ。娘の母親との関係も変化し、このまま家族になるのかと思いきや、意外な結末が待っていた。そのことが、アイスランドの女性の自立をまず思わせる。

 妊娠や出産を障害と感じることなく、若者たちが自己実現を追求することに、清々しさがある。経済的困難が話題にならず、全体にやや牧歌的に過ぎるきらいはあるが、人がそれぞれの道をマイペースで歩むことを温かく見守る、ほのぼのとした小説だ。花を育てることと、子どもを育てること、父親としてむしろ子どもに育てられること。園芸というキーワードに、すべてがつながっていく。

 八木詠美『空芯手帳』の方は、大卒女性がほとんどいない会社に転職した「柴田さん」(一人称の語り手で、彼女は大卒)が、職場で当然のようにお茶くみをさせられることに反発し、「偽装妊娠」するという面白い設定だ。

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