まなほ以外のスタッフもみんな集まって、何となくはりきっています。家の造作というものは、誰でも興奮するものです。

「もっと早く、手すりを廊下につけるべきだったわね」
「そうよ、ここはお客様もだんだんお年寄りが多くなってきたことだし」
「いえ、転ぶのは若い人よ。お年寄りは歩くのも慎重だし」
「ま、一番よく転ばれるのは、寂聴様でしょうね。最近、特によく転ばれるでしょ」
「そうよ、危ないわね。何にしろ、頭に毛がないから、けがをしやすいし」
「もうお年だから、これ以上転んで、けがでもされると大変よ」

 私がそこにいることを忘れて、口々に、勝手なことを言っています。

 しかし、最近足元がいっそう悪くなって、自分でもあきれるくらい、つまずいたり、転んだりします。いつか、転び方が悪く、顔を正面から廊下にぶっつけて、お岩が蜂にさされたような無様な有様になってしまったことがありました。

 やっぱり、そのうち、また、転んで大けがをするでしょう。

 長生きというものは、めでたい以上に、危険が多く、老人には、あまり有難いものとは思えません。

■横尾忠則「もっともっと死ぬまで生きて下さい」

 セトウチさん

 原稿用紙を前に、さっきから襲(おそ)われる倦怠感に何もする気がしないので、書けない、書かないといってしまうと楽だけれど、先週、次週はコロナワクチン接種体験記を書きましょうと約束してしまった以上、書きましょう。ワクチンの接種後に85人死んだという週刊誌の見出しに怯(おび)えたために、接種の日は一睡もしないまま出掛けました。

 で、結果は20メートルほど走ったあとの動悸に襲われたみたいになって、仮設医務室に連れていかれて、ベッドに寝かされ、血圧を測られたら普段120の数値が一気にびっくりするほどはね上がって、医者や看護師、その他大勢が集まって怪訝な顔で覗かれ、宝くじなど買っても当たらない(実際買ったことがない)のに、こういう滅多に当たらないことには当たるんだよなと、取り囲む人達の顔を見つめていた。

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