※写真はイメージです (GettyImages)
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 文筆家・鈴木聞太さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(桜木紫乃、KADOKAWA、1760円・税込み)の書評を送る。

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 これぞコロナ時代に読む極上のエンターテインメントといってよいだろう。

 規制や自粛ですべての娯楽が制限されたこの沈鬱(ちんうつ)なときに、せいぜい小説ぐらいは深刻じゃなく、明るい楽しい世界を味わいたいと願う者だが、そんな同志に薦めたい恰好(かっこう)の一冊である。

 とはいえユーモア小説ではない。向田邦子「寺内貫太郎一家」風ホームドラマの系譜に近いといえよう。時代は昭和の後半、場所は北海道釧路、キャバレーで下働きをしている20歳の青年を主人公にした成長小説(ビルドゥングスロマン)。

 タイトルにまず意表を衝(つ)かれる。一見工夫のない素っ気なさが、冒頭から読み進んで間なしに納得と膝を打つ。この妙手に半ば作者の術中にはまっている。

 俺=名倉章介の勤めるキャバレー・パラダイス(200人収容だからかなり大きい)に師走、雪と寒風に吹かれて3人のしょぼくれた芸人がやってくる。

 師匠=チャーリー片西は自称世界的に有名なマジシャンだが、鳩を落とす、トランプを落とすという失敗を売りにするすべりマジックでステージを成功させる味をもつ。ブルーボーイ=ソコ・シャネルはどん底のソコから這(は)い上がったシャンソン界の大御所を名乗る金髪の大男。顔は鬼瓦だが声は甘美、見事に喋(しゃべ)りと歌のギャップを演ずる達者ぶり。ストリッパー=フラワーひとみは大阪新地出の今世紀最大級のセクシーダンサーをかたるが、どう見ても28歳の若さにはほど遠い。

 この4人が老朽化で今はほとんど使われていないパラダイスの寮で、ひと月足らずの共同生活をはじめるのだが、導入部の第一章で早々に以後の展開の気配が掴(つか)める。

 この掴みの上手さは、河野多惠子『小説の秘密をめぐる十二章』にある「気配を伝える導入部」の項を思い出させてくれた。

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