「映像素材を見返していて、こういうのを本田さんは撮っていたんだと気づくことがあり、制作の裏側として残そうと思った場面がいくつかありました」と石田監督。カメラを向けられることについても「インタビューしたものをつなげるだけでは観る人が感情移入できないから、当事者としての自分を出したほうがいいというのは指導教授からも言われてきたことでもあったんですが、なかなか決心がつかないでいたんですけど」という。

 余談だが、石田さんは小学生の頃の部活で料理部に入っていた。野菜を切ったり、煮込んだり、動作を目にしているのが楽しかったのだという。

「物が変わっていくことや、加工されていく様子を見ているのが好きで、工場見学も好きでした。編集作業での発見といえば、現場で戸惑う自分がいて、独特の間が生まれている。ふだん、人が言いよどんだりするところに目がいくほうなので、そういうところは意識して残すようにしました」

 印象に残るシーンといえば、舞台出演の予習のため、数人がかりで石田さんを車椅子から降ろそうとする場面だ。石田さんは常に自身の身体に関する「取り扱い説明書」を携行している。

「説明書を作った最初は高校2年のとき、職場実習に行くことがあったんです。初めて会う人にトイレ介助とかをお願いすることになるので、向こうの人も不安だろうなぁと」(石田さん)

 どれぐらいのことが自分ひとりでできるかを伝える一枚の紙が、更新を重ね冊子になった。

「小さいときから人形にポーズをさせたり、動きをイメージするのが好きだったのと、自分はどれだけのことができるのか定義することはやってみたかったんですね」

 砂連尾さんは、トリセツを見たときに、より多くの人と関わっていきたいという石田さんの意思を感じ取ったという。

「特別な目で見ないでほしい、こうしてくれたら大丈夫ですよ、と自分から開いていくことが彼の世界への手の伸ばし方で。車椅子から降ろしてもらうときの、あの必死な、ここはこうやってと説明しようとする、他者と関わっていく姿は、見知らぬ世界に出ていこうとするアプローチに思えた」

 連鎖反応のように「暴君にはなりたくない」という監督に引き込まれ、関わる人たちの関係が変わっていく。自然と勇気が湧き出してくる、見たことのないドキュメンタリーだ。(朝山実)

週刊朝日  2021年6月18日号