「愛する人と添い遂げるよりも、芸事を選んだ理由は何か? 私は、その答えを見つけなきゃならないの。でも、その決着はまだついてない。だから、この先にもっと違う新しい自分を見つけなきゃって思って、いつも生きています」

 現状に満足して安穏と暮らさない。そう心がける一方で、親の教えを守って、今も日常生活のささやかな感動を大事にしながら、一日一日を過ごしている。それが、童謡や唱歌を歌う上でも大切だと思うからだ。

「私と姉が歌い継いできた童謡・唱歌は、日本の季節感を歌っているものがとても多いんです。今、季節感がどんどんなくなっていって、新しい素材が生まれて、寒さや暑さを昔ほどは感じなくなっているかもしれないけれど、日本には四つの季節があって、日本の文化は、その季節によっても育まれたものだと思うんです」

 普通の感覚を持ちながらも、波瀾万丈な人生を送っている由紀さんは、「人生に苦労はつきものよ」とカラッと言い放つ。自分のことを「シンガーソング・コメディアン」と称することもあるほど、目の前の由紀さんは朗らかで、苦労話もユーモアたっぷりに笑いながら話すのだ。

「苦労を笑い飛ばす方法があるとすれば、自分の身の上に起きたことに抵抗するのではなくて、『あ、これが必然なんだ』と受け入れることかもしれない。例えば、仕事をしていて、『レギュラーですが、終わりにしましょう』と言われたら、『うまくいっているのになぜ?』と思うかもしれない。でも、私はある時期から、『あ、つまりこれはもう自分の人生には必要ないんだ』と思うようになりました。そうやって決着をつけたら、次に進めるでしょう? 何か試練を与えられたとき? 私は一人では乗り越えようとはしないですね。必ず、信頼できるスタッフや大事なお友達に何かヒントをいただきます。人との出会いの中に必ず、今を生き抜くヒントがあると思っているんです」

 由紀さんが美しい余韻を残すのは、歌や芝居だけではない。その発言にも、誰かの生きるヒントになる優しい響きがある。(菊地陽子 構成/長沢明)

由紀さおり(ゆき・さおり)/群馬県出身。1969年「夜明けのスキャット」でデビュー。歌手として活躍する一方、女優として映画、ドラマにも出演。映画「家族ゲーム」では毎日映画コンクール助演女優賞を受賞した。86年から、姉・安田祥子と、美しい日本の歌を次世代に歌い継ぐ活動を続ける。2011年、米ジャズオーケストラとのコラボアルバム「1969」が世界的ヒットに。自伝に『明日へのスキャット』(集英社)。

週刊朝日  2021年6月11日号より抜粋