気候変動やエネルギーに詳しい東京大学の高村ゆかり教授も次のように指摘する。

「50年実質ゼロも、30年に46%削減も、達成するのが簡単でないのは確か。でも、国全体で一つにまとまって社会構造や行動様式を大きく変えていくためには必要なビジョンです。例えば30年に46%削減する目標の達成には毎年、スイス1国分の排出量に相当する4500万トン前後ずつ減らす必要がありますが、日本は14~19年の6年間で平均すると毎年、約3千万トンずつ減らしてきました。単純化すると、今より1.5倍がんばれば達成できる。決して不可能な水準ではないのです」

 投資や金融の世界でも、環境などへの取り組みを評価する「ESG投資」や、石炭火力発電など気候変動に悪影響を与える企業からの投資撤退(ダイベストメント)といった投資行動が活発になってきた。企業も、問題への対応が株価や資金調達に影響する状況なのだ。

「すでに国や社会全体が『脱炭素社会』に向け動き出しており、企業は、対応できなければいずれ市場さえも失いかねない。CO2の排出を抑えられれば、払う税金は少なくなるかもしれませんし、再生可能エネルギーの導入が増えれば、化石燃料を調達するのに必要なお金やリスクも減らせます。目の前の負担や痛みにとらわれて、進むべき方向性を見失うことだけは避けたい」(高村さん)

 もちろん、産業界も手をこまねいているわけではない。脱炭素化へ生き残りをかけて歩みを進めている。

 鉄鋼大手は、水素を用いた製鉄法を研究している。鉄鉱石から鉄をつくる際に使っている石炭由来のコークスの一部を水素に替えるもので、製造時に出るCO2の排出量を減らせる。CO2の分離・回収技術との組み合わせによって、従来の製造法に比べて3割の排出削減が期待できるという。

 ただ、水素を使う方法は高炉内の加熱や通気が必要であるなど技術的な課題を抱えている。低コスト化できるかどうかも課題だ。現在、日本製鉄の東日本製鉄所君津地区に試験炉を設けて共同研究を進めており、30年までの実用化をめざす。

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