何でもないボラボラのレストランとパリのサンジェルマンデプレの地下鉄の2シーンが、僕の中で想像をたくましくしてくれます。まあ人間の話はこれでおしまい。次は人間と亀の出会いと別れと再会の話をします。

 子供の頃の僕は夏になると終日小川で小鮒(こぶな)獲りに夢中でした。そんなある日大きい一匹の亀を獲って家でしばらく飼っていましたが、亀は家のどこに置いても川のある方へ行きます。あんまり川に帰りたがるので、泣き泣き、獲った小川に戻してやりました。その前にお腹に「タダノリ」と僕の名をナイフで深く傷つけました。

 そんなことがあって四年ほどしたある日、町の東を流れる加古川という大きい川に架かった鉄橋の下で父と二人で魚釣りをしていました。僕は岸辺に足を突っ込んで石を足でころがして遊んでいました。その時大きい石が水の中でゴロンとひとりで動きました。エッ!と思って、その石を見ると、石だと思っていたのは大きい亀でした。

 そこでその亀を拾って裏返して見て、僕は驚きました。なんと四年前に小川に逃がしてやった「タダノリ」名義の亀ではないですか。名前の所にはコケがついていましたが、まごうことなくあの時の亀と何キロも離れた大きい川で再会したのです。亀と人間のロマンチックなお話でしょう。またしばらく家で飼っていましたが川を恋しがるので、鉄橋の下の川に帰してやりました。ボラボラもいいけど、セトウチさん、こっちもロマン主義的でしょう。この時の話を僕は何枚かの絵にしています。ついでに父の名は亀太郎です。

週刊朝日  2021年5月28日号