「あれは……予言めいていますよね。山本監督は、街にいる子供たちの姿をそのまま追っただけで、現場では、モニターチェックもしなかった。いいものも悪いものも、カメラに映ったものが“のさり”だと考えていたのかもしれません。当時はこんな世の中になるなんて、誰一人として想像もしていなかった。どのように時代が変わっても、観るたびに気づきがあるような、長生きする映画になってほしい。救いがないと感じたり、物事が思うようにいかない人に、ぜひ“のさり”の精神が届くといいのですが」

「いいことも悪いことも天からの授かりもの」であることを体験した彼は、浮上のタイミングをこの映画で掴んだのではないだろうか。

「いや、僕の20代は、ずっと沈んだ状態ですね(笑)。いい作品に出会えたからといって、僕自身が浮上したことにはならないです。それに、僕自身が、沈んだ状態にいながら表現できる芝居に興味があるんだと思う。まだ大した経験もスキルも持たない僕の、唯一のオリジナリティーなのかもしれないな、なんて」

 映画祭で新人賞を受賞しても、憧れの大河ドラマへの出演を射止めても、学生時代と同様に、自分が今いる場所になじめない感覚は、いつまでも消えないという。でも、人間に対する観察力も必要とされる役者の仕事において、その独特の違和感もまた、彼にもたらされた“のさり”なのかもしれない。「この先どんなにたくさんの経験を積んでいっても、演じることの恥じらいみたいなものは、持っていたい気はします」と彼は言う。

「あとは、一つひとつの作品が、自分にとってのセラピーになっている感覚もあります。『のさりの島』で、僕の演じた主人公は、おばあちゃんの孫の将太になりきって、穏やかな日々を過ごして、結局名もなき存在に帰っていった。それと同じように、僕も、一つの作品を終えたら、現実世界に戻っていくんですよ。自分で食事を作って、仕事をして、お金をいただいて、税金を払う。そんな一市民としての日々を送るだけですが、ふと天草で過ごした日々を思い出すと、その経験が自分にとってのちょっとした自信になっていたり。たぶん、そういうささやかなことに救われているんです(笑)」

(菊地陽子 構成/長沢明)

藤原季節(ふじわら・きせつ)/1993年生まれ。北海道出身。2014年に本格的に俳優活動をスタート。「his」「佐々木、イン、マイマイン」(いずれも20年)の演技で、第42回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。現在、映画「くれなずめ」が公開中。NHK大河ドラマ「青天を衝け」に水戸藩の藤田小四郎役で出演中。公開待機作に、「明日の食卓」「空白」「よろこびのうた Ode to Joy」などがある。

週刊朝日  2021年5月28日号より抜粋