橋田 お迎えが来るんですか。

香取 いえ、家に戻ってから電車で行っていました。14歳でCDデビューして、車が初めてつきました。中学の時でしたが、給食を教室で食べている時にCDが発売されたということで放送室から自分の歌が校内放送で流された。ぼくは友達もあまりいなかったけれど、みんなぼくのことは知っている。歌が流れるとみんながわーっとなった。その時はうれしかった。

橋田 今、大学に行って勉強したいとか思ったりしない?

香取 大学ですか。勉強したいとは少しだけ思います。ぼくは高校にも行っていませんから。

橋田 高校も行かなかったの? 私は学校に絶対行かなきゃだめとか思わないけれど、びっくりしました。

香取 心理学とか興味があって勉強したいとか思ったりすることもあります。

橋田 文章を書こうと思ったことはないの? あなたはちょっと型破りだから面白い文章を書けると思う。

香取 少し興味はあります。文章を書くのも好きです。ぼくは絵もそうですが誰かに習ったということがありません。最近、専門の人から「その筆よりこっちの筆を使ったら効果が出る」とか、「絵の具も別の種類を使うといいよ」と聞いてすごく幅が広がりました。

橋田 私が香取さんと仲良くなったのはタモリさんの「笑っていいとも!」ですが、その前に一度スマップの番組に出たことがあります。「おしん」を書いた脚本家と紹介されたら、「『おしん』を書いた人が生きているの?」とメンバーの誰かに驚かれた。よほど過去の人が書いていたと思われていたのね(笑)。

香取 ぼくは「笑っていいとも!」に約20年出させていただきました。タモリさんはいるし他に芸人さんがたくさんいてぼくは何もしないほうだった。

橋田 私も遊びに行っていただけで何もしなかった。

香取 芸人さんは初めての方でもすごい勢いでしゃべる。ぼくは橋田先生が来てくれて、自分のスピードと同じだったので安心できました。ぼくの中では橋田先生は、ゆったりした「いいとも」を作ってくれた方で、感謝しています。

橋田 出演は毎週月曜日でした。脚本をそれまでに書かないといけない。ひとつの区切りになって生活のリズムができた。そのうちに仕事に追われて無理になりましたが。

香取 リズムでいうとぼくも月曜日に「いいとも」があって、新宿アルタに着いてこれから1週間始まるぞという気持ちになった。それが終わって、ぼくは週の終わりに「SmaSTATION!!」という番組もやっていたのですが、それも終了しました。最近はいつが何曜日でというのがわからなくなってしまった。

橋田 お辞めになってから新しい仕事で忙しくなったでしょう?

香取 初めてのことがこんなにあるんだとは思います。今日、朝日新聞社に来るのも初めてでしたし。

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「個性が強くて、私のホームドラマにははまらない人」