ちょっと昔までは、どこへ行っても僕が最年少者だったのに、いつの間にか最近はどこへ行っても最年長者なんですよね。今は夜見る夢に色んな人達が出てきますが、その大半が死んだ人達ばっかりです。夢を見ると幽霊ばかりです。生きているのは僕ひとりで、あとはほぼ全員幽霊です。それほど生活の周辺から生きている人が少なくなったということですよね。

 難聴になってからは人に電話することがなくなったが、この間久し振りに電話帳をくって驚いた。亡くなった人の名前と電話番号がぎっしり、思わず電話したくなったけれど、「ハイ、○○です」と言われたら腰を抜かすだろうなあ。一度、高倉健さんが亡くなったと養女さんから聞いた夜、本当かと思って高倉さんの携帯に電話したことがありますが、「高倉です」と言われたらどうしようかと思って、あわてて電話を切ったことがありました。

■瀬戸内寂聴「人生、なるようにしかならないでしょう」

 ヨコオさん

 コロナで、誰とも逢わないうちに、季節だけは忠実にめぐって、今年も桜の咲き誇る春の盛りになっています。

 コロナのせいで、誰も訪ねて来ない寂庵では、見てくれる人がいない春に、ふてくされたように、樹という樹に、花がびっしり開いて自己主張をしています。

 ヨコオさんほどではないけれど、私も結構耳が遠くなって、寂庵の春を告げる鳥の声など、さっぱり聴いたことがなくなりました。

 四人が替わりばんこに来てくれ、毎晩一人が泊まってくれているスタッフの中でも、特に花や鳥のことが気になるTさんが、朝、来る度、寂庵でうぐいすの声を聴いたとか、どの椿が、いくつ開いたとか、挨拶替わりに教えてくれます。この人は私が丈夫で、殆ど旅に出ていた時も、毎朝、旅先のホテルに電話をかけてきて、寂庵の庭の様子を教えてくれました。若い人と結婚していて、子どもはいないのですが、夫婦揃って、二人で命のあるだけ生きれば、何もいらないと、すましています。

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