田中邦衛さん(撮影・植嶋政義)
田中邦衛さん(撮影・植嶋政義)
「善良という言葉がぴったりの人なんです」と田中邦衛さんとの思い出を語った映画監督の山田洋次さん=(C)朝日新聞社
「善良という言葉がぴったりの人なんです」と田中邦衛さんとの思い出を語った映画監督の山田洋次さん=(C)朝日新聞社

 テレビドラマ「北の国から」の黒板五郎役などで知られた俳優の田中邦衛さんが、3月24日、老衰のため88歳で亡くなった。「男はつらいよ」シリーズや、夜間中学を舞台に先生と生徒の交流を描いた1993年公開の映画「学校」など、数々の出演作の監督を務めてきた山田洋次さん(89)が、胸の内を語った。

【写真】映画監督の山田洋次さん

 訃報を聞いた時のお気持ちは──。記者の問いかけに、30秒ほど言葉を探し、ポツリとつぶやいた。

「田中邦衛さんって人は、善良という言葉がぴったりの人なんです」

「優しい」ではなく、「善良」。田中さんには、「人間っていいな」と思わせるような不思議な力があったという。

「会うと、ほっとするんですよ。生きてるって悪くないなって。なんでかはわからない。そういう存在なんです。持って生まれたもので、あの人は意識していないでしょうけどね。稀有な人です。画面で見ていても、楽しい気持ちになるでしょう?」

 だからこそ自身の映画では、「つらい時や困った時、こんな人がいてくれたらいいな、という役」を演じてもらったという。

 二人の出会いは、71年に公開された「男はつらいよ 奮闘篇」。田中さんは、寅さんの恋人・花子を捜して青森から出てきた、花子の身元引受人の教師役だった。

「あの津軽なまりがよかった。必死で練習してたよ。井上ひさしさんなんか、『一番いい役だった』ってほめてた。人の心をあたたかくする、寅さんに匹敵する役どころだったね」

 垂れた目じりに、それ以上に垂れたハの字の眉毛。思わず頬がゆるむような、人懐っこい風貌も印象的だった。

「顔」にまつわる思い出話がある。

「俳優として心から尊敬していた故・笠智衆さんから、『いい顔してる』とほめられたことがあったみたいで、それが無上の喜びだと、報告してきたんだ。本当に幸せそうな顔だった」

 役者としての素顔もよく知っている。

「芸達者だと思われてるけど、入念に準備をする人でした」

 映画「学校」で、読み書きができず夜間中学に通う中年男性「イノさん」を演じた時のこと。

「スタッフに先駆けて、撮影前日からロケ地に入っていたんですよ。『この街の住人』としての実感をつかむため、街のにおいを嗅ぎとろうとしているように見えました」

 田中さんはこの役で、日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞に輝いた。

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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ただ黙々と、愚直に役に向き合う