田舎暮らしを始めて、エンタメとは全く違う価値観で動いている人たちと話すようになって、「世の中には、まだまだこんなにユニークな人がいるんだ」と嬉しくなった。

「地方でも東京でも、イキイキしている人はみんな個性的だし、ユニークですよね。俳優って役を演じるとき、つい、その職業から引っ張られるイメージの中に自分を嵌めようとしてしまうけれど、現実の医者にしても猟師にしても代々続く農家の倅(せがれ)にしても、いかにもな人なんて実はそうそういない(笑)。だから、俳優としてやっていく上でも、どうせなら巻き込みたいんです、いろんな人たちの価値観を。エンタメに興味のなかった人にも、『面白い!』って思ってもらいたいし、『農業なんて無理』って思い込んでる都会の人たちの農業のイメージも覆してみたいって思う。田舎での体験には、東京にいては得られないような、自然の中で生かされている実感がすごくあるので」

 東京でのものづくりで大切なのは、観察力に想像力にコミュニケーション能力。でも、田舎では、さまざまな場面での生活力が試される。

「吉田監督が30年以上ボクシングを続けて得た実感を映画の中に持ち込んで『BLUE/ブルー』を作ったように、僕も、田舎暮らしで得た実感を、作品の中に持ち込んで、ステレオタイプなイメージをかき回すことができればもっと面白いんじゃないかな、なんて」

 理想としては、年に半分は田舎暮らしをして、畑づくりができたらいいなと思うが、仕事のオファーは引きも切らず。なかなか思い通りにはいかない。

「ただ、今の時代は、一つの仕事に専念することが正義、というわけでもなくなってきているのかな、と思いますね。『自分にはこれしかない』と思い込むのではなく、もっといろんなことをして、生きていくための知識を持っていないと、と思っています。そういう危機感を、俳優だけじゃなくて、みんなが持っているんじゃないですか」

 世の中の価値観が変化する中、とはいえ、松山さんの中には、ずっと変わらない信念がある。

「何を職業にしてもいい。ただ、最終的には、楽しく生きていたいし、どんな場所にいても楽しく遊んでいたい。その楽しさをみんなでちゃんと共有したいです」

(菊地陽子 構成/長沢明)

松山ケンイチ(まつやま・けんいち)/1985年生まれ。青森県出身。2002年俳優デビュー。05年「男たちの大和/YAMATO」で一躍注目を集め、「デスノート」シリーズでブレーク。12年にはNHK大河ドラマ「平清盛」で主演、16年の「聖の青春」で日本アカデミー賞優秀主演男優賞、ブルーリボン賞主演男優賞を受賞。「ブレイブ─群青戦記─」が公開中。公開待機作に「川っぺりムコリッタ」がある。

週刊朝日  2021年4月9日号より抜粋