それから五日間、私は夕方になるとその老人の出発を、ときどき見に行って話を交わしていた。するとある日の夕方、その老人は舟着き場で舟の点検のようなことをしていた。エンジンに油を注入したり、金槌を持って舟底を軽く叩いたりしている。

「点検ですか?」

 と私が聞くと、

「ああそだよ。釣りは昨夜で終りにしたんだわ。なんせ一〇日近く釣りに行ってさ、全部で五〇〇匹ぐれ釣り上げだもんだがらね、もうこれで一年分は賄えるわげだがらね」

 と悠々と話す。

「それは御苦労様でしたねえ。でもいっぱい漁れてよかったですね」
「そだな。それにしてもさ、おめえさんは毎日のようにここに来てで何してんのお?」

「私はすぐ近くの水産加工会社の研究室に居るものですが、おやじさんが毎晩ニシン釣りに行くのを見てて、羨ましくなっちゃって、ついつい来てしまってたんです」

「ああそがね、よがったら俺んどごの家に寄ってってニシン持ってがねがい。数の子抜いたやづだげどね、開いで干したのが今ちょうどうめえのさ。焼いて食うといい。車で付いてきたらいいよ」

「ええっ! それはありがたい。お言葉に甘えていただきに上ります。何せニシンが大好きなものですから」

 私はその老人の軽トラックの後を追って、五分ほど付いて行くとその家に着いた。そこは船場町の集落で、十四、五軒の家がひっそりと寄り合っている静かな居住地である。家の玄関を開けると、中に向って大声で、

「おーい、婆ちゃん客だがら来てくんにがねえ」

 と言った。しばらくしてエプロンを掛けた腰の曲った小柄なお婆ちゃんが出てきて、私の方を怪訝な顔でじろじろと見ている。

「怪しい人でねえ。近ぐに勤めてる人だんけが、俺がニシン釣りに行ぐのを毎日見に来てでさあ、よっぽどニシン好きなようなもんだがら、少し分けてやっかと思って連れてきたわけさ。干して塩したニシン何枚か新聞紙に包んで持って来てくれや」

 するとお婆ちゃんは、何も言わずに奥の方に引っ込んで行き、そう間を置くことなく新聞紙にニシンを包んで持ってきて私に渡してくれた。私は老人とお婆ちゃんに丁寧に礼を言って、そのニシンを大切に持ち帰り、その日はそれを焼いて酒の肴で堪能した。ニシンは本来身がやわらかくて焼くとフワワとした感じになるのだけれども、そのニシンは開いてから一度軽く塩をして干してあるため、身にやや弾力があり、脂肪もたっぷりと乗っていて実に美味であった。

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