やや歳を取っているようだが背などは曲っておらず、しっかりとした足どりで歩いてくるのである。片方の手には長い釣竿を持ち、他方の手にはかなり大きな風呂敷包み、背中にも大きなリュックサックを背負い、胴付きの長靴と作業用合羽を身に付けている。それはひと目で漁師がこれから仕事に行く格好であることがわかった。私は舟着き場の板床から降り、擦れ違うとき、私が「こんちは」とだけ言うと、その老人は、
「昨夜浜益に群来きたのさ。今夜には石狩浜まで下りて来っぺからニシン釣ってくるよ」
と言って、係留してある自分の舟の方へすたすたと歩いて行った。ニシンは網で漁るものとばかり思っていた私は、釣ってくるというので少し不思議に思い話を聞いてみることにした。私は再び板床に上って、その人が出発の仕度をしている脇に行き、
「一人で行くんですか」
と聞いてみると、
「ああ、そうなのさ。もうこの歳になるどね、網仲間には入れてもらえねがらさ、気楽に一人で釣ってくんのさ。んだけどさ、よく釣れるもんだよ。五日も出ると二五〇から三〇〇匹は漁れるもんでね、釣ったそのニシンを一年間ずっと食っていられるわげよ」
「一年分のニシンですか?」
「ああ、そうさ。子供らは出で行って俺と婆さんの二人だけで住んでっから、それで十分なのさ」
「ニシンって、一年間ずっと保存できるもんなんですか?」
「わげなぐできるさあ。ニシンはいぐらでも食い方や保ち方があって便利な魚なんだよ。それもみんな昔の人だぢの知恵でそうなってきたがら、今の俺らも助かっているわげさ。じゃ、行ってくっから」
と老人は言うと、エンジンを吹かし、舵を取って、海に向って下って行った。
私はこの話にとても興味を抱き、次の日も夕方の同じ時間に舟着き場に行くと、またもや老人がやってきた。
「昨夜釣れましたか?」
「ああ釣れだよ。六五匹釣ったさ」
「それは大漁ですね」
「まあ、まあだわ」
「釣ってきたニシンどうしました?」
「今朝刺身で食ったし、昼めしには塩で焼いで食ったのさ。晩めしはここに持って来てるげど、醤油の付け焼きなのさ。あどのニシンは婆さんが細工するわげだ」