材料はすでに彼らが用意してきたし、何と言っても二人は毎年、釣ってきたワカサギで天麩羅をつくっているので、たやすいことだと頼もしいことを言っている。私はこんなに新鮮な材料のワカサギの天麩羅を揚げるのを見るのは初めてだったので、しっかりと拝見させてもらうことにした。すると二人は面白い揚げ方をした。それはまず、釣ってきたワカサギを一度ていねいに洗い、水気を布巾で拭きとると、大きめのバットに入れ、そこに何と牛乳をひたひたに浸るぐらい加えて五分間置いたのである。

「へぇー牛乳を加えるのか。その理由ってなに?」
 と聞くと、
「牛乳入れると生ぐさみとれるんすよ。そして、うま味に幅がのってなまらうまくなるんす」

 揚げ衣は、ボウルに卵を割って入れ、少し水を加えて溶き、そこに小麦粉をふるい入れ、軽く混ぜてつくった。そして五分後、牛乳からワカサギを上げ、水気を拭きとると衣をつけ一七〇度の温度でカラリと揚げ、塩を振って出来上りとしたのである。

 揚げたワカサギの天麩羅は、直立不動の姿勢でピンと真っ直ぐに張っている。油も新鮮なために衣の色も黄金色に輝き、その衣の下にうっすらとワカサギの銀白の肌が透けて見えた。その揚げ立てに塩を振り、味見係と称して先ず一匹を私が食べてみた。こういう役得は年長者がするのが当たり前と思っているのか、二人の若者は気にも留めずに天麩羅を揚げている。熱いのでハフハフしながら口に入れて噛むと、先ず衣がサクリサクリと歯に当り、さらに噛むと歯に潰されたワカサギがフワリ、トロリと崩れていって、そこから濃厚なうま味と優雅な甘み、腸あたりからの淡い苦みなどがジュルジュルと湧き出てきて、それらを揚げ油のペナペナとしたコクが囃し立てて絶妙であった。

 すっかり全部のワカサギが天麩羅に揚がったので、それでは酒盛りを致しましょうと、私は隣の研究室から北海道の銘酒「男山」の純米酒を一升取ってきて、それに燗をつけ、男っぽく三人で茶碗酒を飲みながら天麩羅を食った。窓の外では雪が舞い始め、風も吹いてきて、

「いいタイミングで釣りから引き揚げたなあ」
 などと話しながら、美味しく楽しい日曜日の午後を満喫した。(続く)

小泉武夫(こいずみ・たけお)/1943年、福島県生まれ。東京農大名誉教授で、専攻は醸造学、発酵学。世界各地の辺境を訪れ、“味覚人飛行物体”の異名をとる文筆家。美味、珍味、不味への飽くなき探究心をいかし、『くさいはうまい』など著書多数。

週刊朝日  2021年3月12日号より抜粋