松重:いやいや、今でも京都の撮影所に行けばこういう日常がありますよ。

林:でも、松重さんクラスの宿泊費が税金引かれて1泊3600円なんて、これは昔の話ですよね。

松重:そんなことないです。宿泊費も満額は出ない状態だから連泊するごとに赤字になっていくし、新幹線代も税引きの金額しかくれないので、消費税分は自腹を切らなきゃいけないんですよ。そんなこともあって、だんだんみんな京都に行かなくなったので、向こうも譲歩していって、今はそこそこいい条件になってきてるんですけど、ベースの基準はこれです。

林:そういうお金のこととか、夏はお弁当が傷むからロケバスの網棚の上に置きっぱなしにしないとか、おもしろさってそういうディテールに宿るんですよね。

松重:ありがとうございます。言ってみれば些末な話なんですけどね(笑)。小説は完全に書き下ろしで、去年の4月にひと月で書いたんです。コロナでやることがなかったんで。

林:さすが文学部ご出身で、初めて書いたとは思えないです。

松重:自分の中の妄想を自分の職業の身近な話に置き換えて書きました。これから先、俳優業もどうなるかわからないし、いますぐ困ることはないにしても、将来的に自分が俳優としてお呼びがかからなくなったときでも、何かできることを探しておいたほうがいいなということで書き始めたんです。

林:楽しかったですか、お書きになるの。

松重:楽しかったですねえ。俳優の仕事っていうのは、原作が脚本家におりてきてシナリオになって、テレビ局が入って、スポンサーがいて、ものすごくいろんな方々の手が入るわけですよね。僕たちは書かれたセリフをト書きどおりにしゃべって「はい終わり」という仕事なので、自分自身が入る余地ってないと思ってたんです。でも、物語を書くってことは、出発点も着地点も自分で決められて、どこを経由してもいい。一人で完結させられる。それが楽しかったですね。林さんは、書くことは楽しいですか。

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