農村の疲弊など国民の苦しみを、天皇親政により解決したいと願う、いわゆる皇道派の陸軍士官学校出身の青年将校たちが兵を動かし、直接行動に出た事件である。

 昭和十一年二月二十六日、雪の残る朝の出来事だった。都心の1483人の下士官や兵を動かし、天皇に直訴する行動だったはずが通じず、逆に賊臣となりクーデターは失敗。首謀者の栗原安秀中尉、林八郎少尉などの中心人物は処刑される。

 直後に自決した野中四郎大尉は、軍人だった私の父と陸士で同期生であり、仲が良かった。二・二六当日、宇都宮の第十四師団に勤務していた父は一報を聞いて、身なりを整え、「帰れないかもしれない」と、私を身ごもっていた母に告げて上京しようとしたが、気付いた上官に止められた。

 陸士の同期も、野中の皇道派と辻政信などの統制派に分かれ、その対立が二・二六の遠因だといわれる。

 今年も二・二六が過ぎた。私の生まれた年に起きた大クーデター。その後日本は陸軍の統制派が権力を握り、戦争への道を歩むことになる。

週刊朝日  2021年3月12日号

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

著者プロフィールを見る
下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

下重暁子の記事一覧はこちら