「私は気の毒な人が好きなので、三島さんみたいに尊敬されていろんなものをお持ちの方は恋愛の対象じゃないんですよ」と答えましたら、「いや、誤解してるぞ。君と別れて、雨の日に傘をさしてしょんぼり帰っていく俺の後ろ姿を見てみろ。ふるいつきたくなるくらいかわいそうだぞ」って(笑)。思い出されるのはそういう話ばかりです。本当にまっすぐで純粋な方でした。三島さんが生きていらっしゃったら、今の日本を憂えていたでしょう。

 利便性だけにとらわれた科学の発達が世界を堕落させていて、人間がロボットのようです。人間の生活やアナログの世界を全部否定されているように感じます。

 私はシャンソン歌手として、そうした世界への疑問や意見を歌ってきました。日本のシャンソンは右を見ても左を見ても、好きだ嫌いだとかそういう歌が多いんです。ところが、外国には反戦や人種差別反対について歌う歌がたくさんあります。どうして今の日本には、きれいごとばかりでそういう歌がないのかと思いました。それが64年に、労働者の味方になった「ヨイトマケの唄」を作った理由です。

 周囲からは「そういう曲を作ると圧力をかけられる」と言われました。57年にヒットした「メケ・メケ」の人気が一段落していたころでしたので、事務所からも反対されました。でも、そんなの構いやしない。日本では私が1番目にテープを切ろうと思いました。

 原爆を造った科学者や政治家、軍国主義者を糾弾する「悪魔」という“呪い”の歌、戦争で死んだ犠牲者たちが、戦争反対を唱えて地球の周りを一晩中行進する「亡霊達の行進」。そうした歌を作りました。

 当時、芸能人の仕事場はキャバレーでした。私が歌っていると、「酒がまずくなる」とおつまみが飛んできたり、途中で歌うのをやめさせられたり。それでも私は頑として貫きました。その結果が、多くの反響をいただいたテレビ番組や2012年の紅白歌合戦にもつながったんでしょう。

 今、コロナ禍で多くの人が表現の場を奪われています。でも、このコロナ騒ぎもやがては終わります。芸術家を目指す若者たちはそれまでに文学、音楽、美術、スポーツなど、あらゆる文化に手を伸ばして、咀嚼(そしゃく)して、ため込んでおいてください。自身の中に積み上げた“貯金”がないと花は開かないですから。やがて時期が来ますので、そのときに大輪の花を咲かせましょう。

(構成 本誌・秦正理)

週刊朝日  2021年3月5日号

著者プロフィールを見る
秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

秦正理の記事一覧はこちら