「今回はあくまで第一歩の臨床試験として、光を感じられるかどうかを確認します。視界が狭まっていて物がほぼ見えないという人、視界が真っ暗ではないが光がわかるかわからないか程度の人が、物の動きやぼんやりした輪郭がわかるような効果を想定しています。もちろん結果として視力が回復すれば理想的ですが、今回は拒絶されずに定着すること、がん化しないことなどの確認が主目的で、治療法が完成しましたという話ではないのです」(同)

 今後は約1年かけて安全性を確認し、さらに数年、機能面の観察を続けるという。今回の移植は、ほかの病気にも応用ができるのだろうか。

「同じような状態には網膜を再生する手段として使うことはできると考えています。ほかの病気については、視神経が侵される緑内障など網膜移植だけでは治らないとわかっている病気が多いので、単に網膜移植だけでうまくいくか見極めないといけません」(同)

 iPS細胞が作製されてから15年。平見医師は目の再生医療について「やっとここまで来た」というよりも「思っていたよりも早くここまで来られた」と感じているそうだ。

「我々がやっているような、今までまったく研究されてきていない分野では、『どういう検査をすれば効果が出ているかがわかるか』すら手探りです。だから簡単にできるとは思っていませんでした。iPS細胞ができたことと、網膜シートをつくる技術が進んだことの二つが大きかったですね。10年あれば、いろいろなことが進み、変わるのだなと思いました。今、若い患者さんには『将来、治療を受けられる可能性は十分にありますよ』と話しています」(同)

 平見医師は前向きに将来を見据える一方で、現実的な見立ても話してくれた。

「みなさんの期待に応えられるような、つまり視力が回復する治療にしていくには、技術的に新しい展開がないとむずかしいと考えています。5年、10年という時間で足りるのかどうか。新しい展開が一つ二つ起これば、今実施している安全性確認がベースになって大きく進む可能性もあると思います」(同)

 同じく20年10月、第一歩を踏み出したもう一つの臨床研究がある。iPS細胞からつくった免疫細胞、ナチュラルキラーT(NKT)細胞をつくり、がん患者の血管に注入する世界初の治験だ。iPS細胞を使ったがんの臨床試験はアメリカが先行しているが、国内で初めてとなる。

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