この研究では、薬の数や薬剤費のほかに認知機能やQOL、ADLといった健康状態の変化も調べた。その結果、薬を減らしても認知機能やQOL、ADLの低下は見られなかった。

「施設側や介護職員、家族からみれば、薬の種類や数が減ることや薬代が安くなることは大きな問題ではない。むしろ、認知症という進行性の病気を患っている入居者の状態がどうなったかが問題で、その点、薬を減らしても悪くならなかったのが、大きな意味を持つと考えられます」(五十嵐さん)

 症状が大きく改善した例では、減薬できた入居者の約16%で、不穏症状や頻回なコール、大声を上げる、ひとり歩きといった行動が改善された。

 冒頭のサヨ子さんもその一人だ。具体的なケースについて、共同研究のプロジェクトオーナーを務めた、らいふ取締役の小林司さんが説明する。

「大きな声を上げ、入居者さんとトラブルを起こしていた男性が、抗認知症薬をやめて、代わりに抗精神病薬を加えた処方にしたところ、落ち着いて他の入居者と話すようになりました」

 ほかにも、夜間にひとり歩きする、ものをたたく、他の入居者の部屋に侵入するといった行動がみられた91歳の女性が、抗認知症薬やベンゾジアゼピン系の睡眠薬をやめたところ、奇声や夜間のひとり歩きがなくなり、笑顔を見せるようになったという。

 こうした症状の改善は、早くて2週間、平均1カ月ぐらいで表れたという。(本誌・山内リカ)

週刊朝日  2021年2月19日号より抜粋