その熱々の肉を受け皿に一旦取り、それをいきなり口の中に頬張った。熱いのでハフハフしながら噛むと、その肉はとても柔らかく歯で潰された肉の中から濃いうま味と脂肪からのペナペナとしたコクとがジュルジュルと流れ出してきて、それを特製タレの甘じょっぱい味が囃したて実に美味であった。そして噛んでいる間中、鼻孔からは焼かれて一部焦げた香ばしい肉の匂いとタレからのニンニクの快香などが抜け出てきて、絶妙であった。こうして次々に肉を頬張り、飯を食べ、気が付くと目の前の肉と丼飯はあっという間に胃袋に素っ飛んで入っていってしまった。

 私はそれ以後、月に一、二度は「清水ジンギスカン」に行って食事をした。そして、いつの間にかこの店でのジンギスカンの味が、私の大脳味覚野にすっかり固定されてしまい、どうしても食べたくなる思いに駆られるようになった。私はそこで、一体なぜこの店のジンギスカンの魅力に惹かれるのだろうかと店に行くたびに自問したのであったが、ある時それに幾つかの答があることに気付いた。

 そのひとつはタレと肉の絶妙なバランスで、これはただ肉を漬け込んでおいたのではなく、おそらく手で揉みながら丹念に漬け込んだものであろうと思った。だからこそマトンなのに焼いても柔らかく食べられることに繋がっているのであろう。第二は、いくら食べても満腹感がなく、逆に言えばいくらでも食べられる不思議なジンギスカンであるのは、おそらく脂肪のためなのだろうと思った。とにかく腹にもたれが無く、恐らく毎日食べても飽きがこないと思われるのは、肉の脂肪酸組成の違いで、牛肉や豚肉には飽和脂肪酸が多いのに比べ、この店の羊肉は植物油の主成分である不飽和脂肪酸が多いからではなかろうか、と思ったのである。

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たった二人で営まれた名店が……