次に「ルイベ」が出された。鮭の身を刺身にし、それを凍らせたものである。正身の部分と脂肪の乗った腹須の刺身が凍って出された。よく見ると、赤みがかったピンク色の身が凍った表面の水分のために霜に包まれたようになっていて実に美しい。

 それを一枚口に入れてゆっくりと噛み始めると、凍てた鮭は直ぐにホロリ、トロリと解けはじめ、そこからは優雅なうま味と脂肪のペナペナとしたコクとが蕩け出てきたのであった。「ルイベ」はアイヌ語では「ルイペ」だそうで、「ル」は解ける、「イペ」は食べもの。すなわち「解ける食べもの」の意で、アイヌの人たちは冬、屋外で鮭や鱒などを凍らせて保存し、それを囲炉裏の火で解かしながら食べたのでこの名があるという。

「氷頭の膾」も出された。鮭の頭部の白く透き通った軟骨(蕪骨)を氷頭というが、これを薄切りにし、大根の繊切りと共に酢和えにし、柚子少々を加え、淡塩でさっと味付けした粋な肴である。氷頭のコリコリとした歯応え、大根のシャキリシャキリとした歯触り、淡いうま味や甘み、爽やかな酸味などが湧き出てきて絶妙であった。

 そして「イクラ」の醤油漬けも逸品であった。この店秘伝の醤油ダレに鮮度が良くはち切れそうなイクラが浸っていて、口に入れて噛むか噛まぬうちに皮を感じさせないように解けてしまうほどの新鮮な柔らかさ。その中からトロリ、トロリと濃厚なうま味と脂肪のコクとが湧き出してくる。「イクラ」の語義はロシア語で「魚の卵」あるいは「小さく粒々したもの」だそうである。

 私が初めて食べたのが次に出された「肝とも和え」であった。新鮮な鮭の肝臓をペーストにし、そこに胃袋を微塵に刻んで加え、味噌と砂糖などで和えたものである。それを口に含んで噛むと、肝臓はヌメリトロリとした感触の中から濃厚なうま味とコク、さらにほんの少しの苦みもジュワワワーンと湧き出してきて、胃袋の小片も歯に応えてコリリとし、そこからは微かな甘みが出てきた。そこに味噌のうまじょっぱい発酵香味も加わるものだから絶品であった。これを舐め舐めしながら熱燗の日本酒をチビリ、コピリと飲んで、味覚極楽の境地に陥った。これらの外にフォアグラのような風味の白子焼きや、カマ(鎌)と腹須での焼きものなどが出されたが、いずれも鮭でしか味わえない野趣満点の味であった。

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