林:へぇ~、そうなんですか。

内田:「何を読むの?」って聞いたら、イタリアにおける疫病文学の第1号である『デカメロン』(14世紀中ごろ、ペスト大流行時に、フィレンツェの青年と淑女10人が、10日間1日1話ずつ物語を語るというボッカチョの短編小説集)だと。それをきっかけに、ヴェネツィアのこの娘(こ)だけじゃなく、イタリア各地に住んでいる私の知り合いの娘さん、息子さん、妹さん、甥、姪、孫も含めて、赤ちゃんのころから知ってる若者たちの声を集めれば、疫病が広がる中での一般市民の声を拾うという意味で、速報になるんじゃないかと思ったんです。

林:なるほど。

内田:私は、42年間、日刊紙を除く定期刊行物にデータ原稿を売る仕事をやってきたんですが、そういう立場の人間としてやるべきだと思って、イタリア各地にいる若い人に「気が向いたときに、生きてる証しにメッセージを送ってくれない?」と連絡して、コンスタントに返事が来るようになった24人を選んだんです。

林:それをウェブで連載したんですね。内田さんの『ボローニャの吐息』というエッセーを読んだら、ヴェネツィアが今までいかに疫病で苦しんできたかがわかりました。

内田:ヴェネツィア共和国ができて1300年超ですが、ヴェネツィアは疫病の教科書とも言えるんですね。キリストの復活祭までの46日間は禁欲生活を送るんですけど、その前夜祭として飲めや歌えの大騒ぎをするわけです。謝肉祭(カーニバル)ですね。そのとき無礼講にするために生まれた仮面が、ペストの大流行のときにも利用されて、それがマスクの始まりとされているのです。

林:あの仮面、コワいですよね。長~いくちばしの。

内田:あれはソーシャルディスタンスそのもので、お医者さんが杖を持って、その杖でペストにかかった人の服をめくって確認するんです。ペストは黒死病と言われたように体じゅう真っ黒になるんですね。そのときに死臭がするので、くちばしの中にミントの葉っぱを詰めて臭い消しに使ったんです。

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