だれもが次の新しいなにかを求めていた。

「だからこそ、自然発生的に幸福な作品が誕生したのでしょう。あれより少し前でも、少し後でも、奇跡は起こらなかった。ゲッツとジルベルトももめましたけれど、ジルベルトとジョビンの方向性も変わり、気持ちが離れていきましたから。ゲッツ、ジョアン、ジョビン。3人のレジェンドがキャリアのピークに出会ったからこその奇跡です。3人とも気力が一番充実しているときでした」

 村上JAMでは、ジョビンが作曲した曲を主に「ゲッツ/ジルベルト」の収録曲も演奏される予定だ。

「でね、ボサノヴァの一番の魅力がなにかというと、鑑賞する音楽だということだと、僕は思っています。『ゲッツ/ジルベルト』の時代のアメリカではダンス音楽が流行っていました。マンボやチャチャチャです。最初は多くの人はボサノヴァもダンス音楽だと思って聴いていました。ちょっと軽く見ていたわけです」

 ところがボサノヴァは、リスナーが思っていたよりも高度な音楽だった。「同じブラジルで生まれたサンバは踊る音楽だけど、ボサノヴァは踊れないんですよ。繊細でソフィスティケートされた音楽だから、演奏者もリスナーも同時に体を動かすなんてできません。鑑賞音楽であることがボサノヴァの最大の強みの一つです。踊る音楽は多くの場合、衰退していきます。流行と衰退をくり返す。でも、ボサノヴァは聴く音楽だから、ずっと残っているんですよ」

 JAMのテーマをボサノヴァに決めた村上は、まず音楽監督を任せるジャズピアニスト、大西順子に連絡をした。

「大西さんは戦闘的で意欲にあふれ、それが音に表れています。今回もボサノヴァのセッションを快く引き受けてくれました。彼女の演奏はバーンとはじけるでしょ。彼女ほど素直にはじけられるミュージシャンは、最近少なくなりました」

 ブラジルで生まれ育ったシンガー・ソングライター、小野リサにも依頼。

「僕はリサさんのファンなんです。彼女の歌は本場のボサノヴァです。ブラジルの空気も感じられる。彼女が歌う日本のポップスも好き。日本のシンガーにはたいがいコブシがあります。ア・ア・ア・アン……って。それも悪くはありませんが、リサさんはどんな曲を歌ってもコブシがない」

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