「喪失の意味を探し求めることで普遍性を獲得したかった」という監督は「その普遍性とは愛」と答え、アルバムのシーンでは「SNSの写メとは違う、思い出の力を訴えたかった」と言う。

 物語の後半はナチスに代わってソ連がハンガリーに侵入してくる。「外からの国家支配はどういうものだったのか?」と訊くと、「ナチと共産主義はハンガリー国民全員のトラウマになっている。僕の祖父母の代は特に(監督自身は43歳)。ブダペストの広場にはソ連がハンガリーを解放したとされるモニュメントがあるが、解放だなんてそれは嘘だ」と作品の静謐さとは真逆の激烈な言葉が返ってきた。

「歴史の事実を否定したり、違う文脈に変えるのはダメだ。これはユダヤ人の物語だが世界に共通のポピュリズムによる危機を訴えている」

 主人公クララは16歳にして初潮が来ない。僕は自分の第1作『アタシはジュース』を思い出した。女子高生「ジュース」にも初潮は来ない。イラン人の恋人が不法入国の廉(かど)で国外退去になったその日に初潮を迎えるストーリーを描いた。この映画でも主人公が初潮を迎えると同時に婦人科医との淡い恋も消える。

 未成熟の象徴として生理の来ない少女像を造形したと監督は言ったが、少女の成熟が物語を包み込み、温かな希望を感じさせてこの映画は終わる。

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京 都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞

週刊朝日  2021年1月22日号

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延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

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