早々に挫折はしたものの、ある仕掛けによって、ベートーヴェンの第九交響曲の「歓喜の歌」とドヴォルザーク作曲の「遠き山に日は落ちて」はマスターした。

「譜面が読めなくても弾けるように、右手用の鍵盤にはドレミのカタカナが書かれたシールを、左手用には和音の書かれたアルファベットをそれぞれ貼る。あとは教則本どおりに鍵盤を押せば曲になるんですが、シールを剥がした途端に弾けなくなっちゃう。シールが頼みの綱なんです(笑)」

 そこまで弾けるようになったのに、初級で挫折したのには理由があった。

「娘が弾かなくなってから一度も調律をしていないんです。なのであるところに来ると必ず音が狂う。それが、僕の芸術家としての神経を酷く逆撫でするものですから(笑)」

 ユーモラスに、そんな話を披露している姿からは、半年前に鬱屈した日々があったことなど微塵も感じられないが。

「それは、仕事をする日々が戻ってきたからです。実はついこの間、近所に住んでいる小学校時代の友達と近況を語り合ったんだけれど、僕らの世代は、サラリーマンをやっていた友達のほとんどが定年退職しててね。『週刊朝日』の取材でこんなこと言うのもアレなんだけど、みんな、自分たちの日常を『サンデー毎日』って呼ぶんですよ。『毎日が日曜日だから』って(笑)。僕は、コロナ前はいつか1年のうち2~3カ月はのんびりする時間があってもいいかなと思っていたんですけど、暇になるとかえって体を壊しますね。舞台が続く、その緊張の中で生きていたほうが健康のため。役者を続けることが俺の健康法なんです(笑)」

(菊地陽子 構成/長沢明)

風間杜夫(かざま・もりお)/1949年生まれ。東京都出身。早稲田大学演劇専修を経て、77年から、つかこうへい事務所作品に多数出演。82年映画「蒲田行進曲」で人気を博し、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞など多数受賞。83年テレビ「スチュワーデス物語」の教官役で一世を風靡。テレビ、映画、舞台などで幅広く活躍。97年から落語にも取り組み、毎年数多くの高座に上がり独演会を開く。

>>【後編/ライブは“事件” 風間杜夫がコロナ禍で振り返るつかこうへいの教え】へ続く

週刊朝日  2021年1月15日号より抜粋