作家の下重暁子さん
作家の下重暁子さん
写真はイメージです(Getty Images)
写真はイメージです(Getty Images)

 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、正月について。

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 これくらい正月らしくない正月があっただろうか。

 と書きながら、では、正月らしい正月とは何だろうかと考えてみた。
 初もうでだったり、おせち料理だったり、毎年くり返される年中行事のことしか思い当たらなかった。

 我が家は二人暮らしだが、松飾りにするし、元旦には二人共、気の張らない着物を着てお屠蘇で祝う。一日には増上寺と近所の氷川神社に初もうでをする。今年は昨年中にすませたが。

 その後はこの静かな年末年始を狙って新しい仕事に挑戦する。一冊書き下ろしと決めている。

 放送局にいた頃、年末年始はほとんど仕事をしているのが当然だったので、ぽっかりと空いた時間にまとまったことをする。

 元来あまのじゃくに出来ているので、人が休んだり遊んでいる時に仕事をし、人が忙しく働いている時に遊ぶ癖がついている。

「今年は家で静かに過ごしていろ」といわれるまでもなく、毎年一人で静かに原稿を書いている。だから今年のようにみんな静かに過ごしていると、私としてはどうしていいかわからなくなる。

 ともかく、今年から新しい分野に挑戦すると自分で決めたからには、書かねばならない。

 机に向かっている私を慰めてくれるのは、暮れに毎年送られてくる花である。一つは寒牡丹で、島根県の大根島という名産地からやってくる。

 その淡いピンクの花弁のゆるやかさ! 暖かい所に置くとすぐ開いて正月には散り始めたりするので、温度と水の管理が大変だ。

 まず固いつぼみがほぐれはじめて、はらりと一枚の花弁に続いてあっという間に満開になる。

 散るのも早い。

「牡丹散って打ちかさなりぬ二三片」

 蕪村の句である。

 この句が好きなので、しばらくの間はそのままにして散ってゆく風情を楽しむ。

 大根島から牡丹が届くようになって何年になろうか。島根県の中海に浮かぶ火山島で、全国の八割を生産するという大根島。その地名と牡丹の優雅さのとり合わせが面白くて、年末になると首を長くして待っている。

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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