とげぬき地蔵(高岩寺)=東京・巣鴨 (c)朝日新聞社
とげぬき地蔵(高岩寺)=東京・巣鴨 (c)朝日新聞社

 作家でコラムニストの亀和田武氏は、「ちくま」(筑摩書房)6月号を取り上げる。

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 金井美恵子が「ちくま」(筑摩書房)6月号から新連載をスタートさせた。題して「重箱のすみから」。親しい友人に話すと「エッ、本当ですか! すぐ入手しなくちゃ」と嬉しそうな反応が返った。

 出版社のPR誌で、金井美恵子の連載が読める愉しみ。多くの活字好きが愛読し、また少なからぬ読者を不快にもさせた「目白雑録」が終わってから5年、私たちは再びその“正確な悪口”を目にする機会を得た。

 曖昧な言葉への嫌悪は、いまも変わらない。たとえば「不要不急の外出は控えて」という行政が発信する用語の空虚さ。外出自粛要請下に賑わうとげぬき地蔵通りをテレビが映す。高齢女性がマイクを向けられ「だって、外出じゃあないよ」という答えに金井は着目する。

 彼女たちには、とげぬき地蔵に行くことは「“外出”ではなく“お参り”」なのだ。それと比べ「“外出”という抽象的で具体性に欠ける言葉」は何も伝えていない。

「控える」も「不要不急」も同じ。「三つの無責任な曖昧さが“三密”に並ぶ」言い方なのだ。

 正確な悪口の、なんと小気味よいことか。いまメディアや政治家は、“医療従事者への感謝”を口にしない日はない。12月号で、金井は5月末の防衛省による感謝イベントについて記す。

 首都の上空に爆音をたてて自衛隊が6機の「ブルー・インパルスを飛ばし、都下の市民たちは、無料(ただ)の航空ショー(オリンピックの開会式には飛んだであろう)を見せてもらった気になって、医療従事者ではなく、自衛隊のジェット機に拍手を送ったのだった」。防衛大臣の小狡さだけでなく、「市民」たちのお気楽さ、非情までも焙り出す。

 凡百の左翼、リベラルだと、こうは書けない。市民は善良で、悪政の犠牲者。そんな良心派をフン、と嘲笑う芸が見事だ。

週刊朝日  2020年12月25日号