「ナイキがグローバルに展開してきたブランディング戦略の文脈を踏まえる必要がある」

 遠藤氏が指摘する、ナイキのブランディング戦略とは何か。

 話は2年前にさかのぼる。

 2018年、米国ナイキは、アメリカンフットボールリーグ(NFL)のコリン・キャパニック選手を、同社の30周年記念キャンペーンの広告塔に打ち出した。キャパニック選手は16年に、「黒人や有色人種への差別がまかり通る国に敬意は払えない」と、試合前の国歌斉唱を拒否し一躍有名になった選手だ。

 彼の顔写真を用いた広告は、国内で保守派の怒りを買い、ナイキ製品を燃やす事案も起きた。しかし、この騒動がかえって話題となり、同社商品への注目が急上昇した。

 ロイター通信は、キャパニック選手を広告塔に起用した後、広告展開する前と比べて、ネット通販で売り切れとなった商品が61%増えたことがわかった、と報じている。

「キャパニック選手の広告キャンペーンは、最終的に成功に終わりました。ナイキは慈善事業家ではなく、営利企業です。今回も日本国内で反発が出ることは当然想定した上で、売り上げにつながるという判断があり、放映を決めたと考えられます」(遠藤氏)

 SNS上での不適切発言を発端とした炎上案件を企業が広告宣伝に利用する、いわゆる「炎上マーケティング」との違いはどこにあるのか。

 その点について遠藤氏はこう話す。

「広告内容が『適切』かどうかということです。今回のCMは、在日コリアンなど、日本固有の差別問題にスポットを当て、苦しみを抱えるマイノリティーへの応援メッセージを打ち出しました。憎しみやヘイトスピーチを用いて売り上げを伸ばそうとする行為は恥ずべきことですが、むしろその逆を行っている。それが結果として売り上げにつながるのなら、企業としては大変健全な姿だと思います」

 IT分野に詳しいジャーナリストの津田大介氏も、

「ここ数年、企業CMの炎上が続いていますが、それらのケースとナイキの件は別物です。内容に何ら問題はなく、企業としての姿勢も一貫している。CMのメッセージが、あくまで一部のユーザーに、強い感情的反応を巻き起こしただけです」

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落ち度がないのに「炎上」することもある