帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長帯津良一(おびつ・りょういち)/帯津三敬病院名誉院長
※写真はイメージです (GettyImages)※写真はイメージです (GettyImages)
 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「人との距離の取り方」。

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【ソーシャル】ポイント
(1)気持ちの上でも人との距離が離れてしまっている
(2)ソーシャル面で人びとの交流が阻害されている
(3)「こころ」「いのち」がぴったりと密になるべき

 新型コロナウイルスの感染予防でマスク着用とともに盛んに言われるのが、「ソーシャル・ディスタンス」です。しかし、他人との“距離の確保”を言うなら、「ソーシャル・ディスタンシング」の方が正しい表現なのだそうです。さらに世界保健機関(WHO)は「フィジカル・ディスタンシング」と言い方を改めるようになりました。ソーシャルという言葉を使うと、社会的交流が阻害されるイメージがあるので、フィジカル(身体的)という言葉にしたということのようです。さすがWHOですね。よく考えています。

 この身体的距離の確保は「できるだけ2メートル(最低1メートル)空ける」ように厚生労働省では呼びかけています。この2メートルという距離は結構あるんですね。畳1畳の縦(江戸間176センチ)より離れて立つことになります。

 人間は社会的な存在で、何をするにも他人との関係で進んでいきます。その時に、距離というのは重要な要素です。それぞれの関係によって、ぴったりと寄り添った方がいい時もあれば、少しは距離をおいた方がよい場合もある。この距離の変化は人情の機微を通じて、さまざまな人生の彩りを生み出しているのではないでしょうか。

 それが、2メートル離れようとなると、世の中が味気なくなってしまいます。感染予防のために物理的に距離を保つことはしかたがありません。しかし、そのせいで気づかないうちに、気持ちの上でも人との距離が離れてしまっているのではないでしょうか。感染が長期化して、人びとの意識が孤立化してきているようで心配です。WHOが危惧しているように、ソーシャル面で人びとの交流が阻害されてしまっているのではないでしょうか。

 
 ホリスティック医学では人間を「からだ」「こころ」「いのち」の面からとらえます。医療とは、この「からだ」「こころ」「いのち」に寄り添うことです。医師と患者さんの距離は近ければ近いほどいいのです。私は「からだ」「こころ」「いのち」にぴったりと寄り添いたいと願っています。

 武術では“間合い”ということが言われます。相手に打たれない距離、しかし自分は打てる。これが求める間合いです。しかし、医療に間合いは必要ありません。医師は患者さんに対して無防備であるべきです。私が患者さんの前でマスクを着けたくないのは、その意味からなのです。

 しかし、感染予防を考えれば、「からだ」の面での距離は必要になります。その分、「こころ」「いのち」がぴったりと密になるべきです。これは医療だけでなく、今の世の中にも言えることではないでしょうか。

 とはいえ、私は患者さんが望めば、今でもハグをしています。それを求める人が多いのは、実にうれしい限りです。

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

週刊朝日  2020年12月18日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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