※写真はイメージです (GettyImages)
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 ミステリー評論家の千街晶之さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『そして、海の泡になる』(葉真中顕著、朝日新聞出版 1600円・税抜き)。

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 今の20代や10代にとって、日本のバブル経済の時代というのは最も想像しにくいものかも知れない。この国にそんな常軌を逸して浮かれた時期があったことについても、いずれバブルが弾けることを予測できた人間の少なさについても。そうした若い世代が、葉真中顕の新作『そして、海の泡になる』を読んでどう感じるかは気になるところだ。

 著者の前作『Blue』は、平成の30年間を描いた物語だったが、本書は昭和末期から平成初頭にかけてのバブル経済の時代を、令和の現在から振り返っている。複数の登場人物の視点から描かれる構成を含め、二つの作品は類似した印象も受ける──一卵性双生児ほど酷似してはいないものの、二卵性双生児ぐらいに似ているとは言えるだろう。

 バブル期の相場師・朝比奈ハルは、純金製の「うみうし様」なる神様のお告げというかたちで相場を予言し、大阪の金融界で知られていた。だが、バブル崩壊とともに彼女は個人として史上最高額の負債を抱えて自己破産、更にお告げに従ったと称して殺人を犯し、逮捕される。平成最後の年に獄死したハルの人生を小説に書くことにした「私」は、生前の彼女を知る人々を訪れる。彼らの証言からは、ハルが逮捕された殺人事件以外にも、彼女の周囲で不可解な死が連続していた事実が浮上する。

「北浜の魔女」という異名から察せられるように、朝比奈ハルのモデルは、「北浜の天才相場師」と呼ばれた尾上縫である。料亭の女将だった彼女はガマガエルの像を用いた占いで株価の行く末を予言していたが、1991年に詐欺行為で逮捕され、世間を騒がせた──といっても今の若い世代は名前を聞いたこともないかも知れないが、ある種、バブル期のアイコンとも言うべき存在であり、著者が彼女のイメージを用いたのも頷ける。

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