「せっかくの師弟戦、私はできるだけ長い勝負に持ち込んで、一日ゆっくり味わいたいという気持ちがあった」という師匠の思惑通り、初対局は同一局面が4回現れる「千日手」となり、指し直しとなった。

 後日、弟子は「師匠の指し手から千日手にしたいという気持ちを感じた」と語ったという。盤上での無言のコミュニケーションが成立していたのだ。指し直しの対局は弟子が勝利し、師匠への恩返しを果たした一局となった。

 2度目の対局は今年の6月、竜王戦3組ランキング戦の決勝戦。師匠が八段、弟子が七段での対決だった。結果は弟子の2連勝。対局後、師匠は「竜王戦のランキング戦の決勝戦という非常に大きい舞台で対戦相手が藤井七段ということは、自分の中では最高の舞台でしたので、いい将棋を指したいな、というのがありました。負けて悔しいが、その代わり藤井の竜王戦での戦いという楽しみができた」と語った。

 そして師弟対局3局目は弟子が八段となって、八段同士の対局となった。そうなると、気になるのが、どちらが上座に座るのかだ。答えを出したのは師匠だった。多くの将棋記者が注目するなか、先に対局室に現れた杉本八段が下座に自分の荷物を置き、それを見た弟子が初めて師弟戦で上座に座った。2人はそれぞれこう話した。

「席次通り、当たり前のことなんで(笑い)。間違っても(藤井が)下座に座らないように早めに来て、荷物を置いて下座を確保してました」(杉本八段)

「どちらも空いていたら下座に座るつもりだったんですけど。ただ、先に荷物を置かれてしまったので。師匠の優しさを感じました」(藤井二冠)

 3度目の師弟戦は両者1分将棋の大激戦の中、弟子の73手目を見た師匠が「負けました」と一礼して投了。一気に相手を追い詰める好手を指した弟子が、師匠に3連勝した。

 師弟対決を制した弟子は、「序盤は機敏に動かれてうまく対応できなかった。自分にとってそこが課題かと思う。まだ先は長いが挑戦を目指して頑張っていきたい」と語った。

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藤井二冠の「強さの秘密」