山本文緒(やまもと・ふみお)/1962年、神奈川県生まれ。OL生活を経て作家デビュー。2001年『プラナリア』で直木賞受賞。ほかに『恋愛中毒』『落花流水』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』など。(新潮社提供)
山本文緒(やまもと・ふみお)/1962年、神奈川県生まれ。OL生活を経て作家デビュー。2001年『プラナリア』で直木賞受賞。ほかに『恋愛中毒』『落花流水』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』など。(新潮社提供)

 直木賞作家・山本文緒さんが7年ぶりの新刊となる『自転しながら公転する』(新潮社、1800円)を刊行。地方のアパレルショップで契約社員として働く女性のリアルな悩みを描いた。

「7年前に思いついたことを忘れないようにするのが大変で、何度もカレンダーの裏に書いたのを見返してきました」

 作家には、いきなり書き出す“神がかり型”と、プロットを構築してからとりかかる“工場方式”がある。山本さんは後者。詳細な「キャラクター表」の作成から始める。

「身長」「服の好み」なども絵にするため、ノートでは収まりきらず大判カレンダーの裏を用いてきた。「人物について考えるこのときが一番楽しい」という。

 本書のヒロインは30代で、実家暮らしの与野都。恋人の貫一から「おみや」と呼ばれている。カネと結婚をめぐる現代版「金色夜叉」のようだ。舞台は牛久大仏が見える茨城県のアウトレットモール。

 都はアパレル店の契約社員で、同じモール内にある回転寿司店のアルバイト店員だった貫一と恋愛関係になる。だが、次の一歩が踏み出せずにいる。なぜ躊躇(ちゅうちょ)するのか。「少子化対策」を口にする政治家に読ませたくなるほど「結婚できない若者たち」のリアルが詰まっている。

 特に惹かれたのは、元ヤンキーにして活字中毒の貫一の人となりだ。いつも本をポケットに入れているのは、中卒コンプレックスのためらしいが、困った人を放っておけない性分で、被災地ボランティアに駆けつける“いい人”でもある。だが、将来設計はゼロで、やさぐれ感も漂う。

「都は大事に育てられ、人生を失敗しないよう、落とし穴を踏まないようにするあまり動けなくなっている。一方、貫一が身軽なのは守るものがないから。自分の人生は失敗だという気持ちが逆にプラスに働き、惜しみなく自分の時間を差し出せるのだと思う」

 山本さんは貫一を理想の男性像だというが、「あまり女の人には伝わらなかったかも」とも。読者の年齢が上がるほど貫一の評価も上昇するが、若い層からは「ダメ男」だという手厳しい評価が聞こえてくるという。作中でも、都の女友達ふたりが貫一をめぐって激論する場面がある。双方の言い分に聞き入ってしまった。

 山本さんらしいと思わせるのが、都の母親視点で語られる章が挿入されていることだ。唯々諾々と夫に従い、娘には無関心だ、と都の目には映っている。だが、ほんとうにそれだけなのか。娘が知らない母なりの人生や、冷静な眼差しが描かれている。

「都の両親は年齢的には私と同じ世代なんだけど、ひとつ上の世代の価値観を持っています。とくに父親は明治の男かと思えるように、物語的にわざとそうしました」

 キャラクターについて語り始めると自然と声が弾みだす。波乱の恋愛小説の体裁を持ちつつも、都の職場の悩みや揉め事などの現実感は「職場小説」。読了してみれば、親の介護も伴う親子3代がつらなった、タイトルにふさわしい壮大な「人生劇場」に思えた。(朝山実)

週刊朝日  2020年12月11日号