瀬戸内寂聴「私はあの時、一度死んでいます」 “ある出来事”を振り返る (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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瀬戸内寂聴「私はあの時、一度死んでいます」 “ある出来事”を振り返る

週刊朝日
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。

瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)

 セトウチさんの得度の二、三日前にセトウチさんから、電話で聞かされていましたが、その時はどういうわけかちっとも驚きませんで、「坊主になった時、頭の格好がいいかどうかが問題ですね」と冗談を言いながらも、その時、頭をよぎったのは三島(由紀夫)さんの割腹自殺でした。三島さんは死ぬことで生きましたが、セトウチさんは生きることで死にました。

 いずれにしても人間はゆくゆくは死ぬのです。僕も若い頃から、頭から死というものが抜けません。デビュー作が、自死をテーマにし、偽の死亡通知を新聞に載っけ、最初の作品集が「遺作集」というタイトルです。生きながら、死ぬ感覚を体感したかったのです。セトウチさんのように得度という死の形式は踏まなかったですが、僕の場合は擬似体験を禅に求めて参禅を続けました。そうこうしている内に本物の死が間近に見え隠れし始めました。以前は死ぬことが怖くて、死に関心があったのが、この頃は、どうでもエエ、死ぬんやったら死んだるわ、という気持に変りつつあります。絵を描くのも飽きたし、面倒臭いし、絵は下手ヘタになるし、極楽トンボ的に、またラテン的に関節をぐにゃぐにゃにはずしてすき焼(やき)でも食べながら生きるしかないです。

■瀬戸内寂聴「ペン一本 後先見ない生き方が原動力に」

 ヨコオさん

「ころんでもタダで起きない」という言葉は、いやな言葉ですね。私は死んでも使いたくない言葉です。私は物書きとしてお金を稼いで生きていますが、これまでもこの言葉は自分の文章に使ったことがありません。物書きにとって、文章は「いのち」ですから、自分の嫌いな言葉や文章は無意識にさけて通ります。「ころんでもタダで起きない」というのは、見ただけで、聞いただけで、卑しい、感じがして、胸が悪くなります。つまり今度のお手紙では、ヨコオさんは私のきらいな言葉や文章をずけずけ使っておられます。何か、まずい朝食でも召し上がったのですか?


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