鈴木さんが体験したように、職員による多くの告発が闇に葬られている可能性がある。18年度、施設からの内部通報や家族からの相談を受けた自治体が事実確認を行ったうえで虐待が認められたのは26%。虐待と認められなかったものは38%だった。そして、このいずれでもなく、判断に至らなかったケースが23%もあった。実に4分の3の告発が事実上、却下されているのだ。

 ただし、告発を受ける行政側にも苦悩はあるようだ。都内のある区役所の担当課長はこう話す。

「聞き取り調査で職員がそれぞれ違うことを主張するときなど、何が本当なのか見極めにくい。事実の発生から時間が経っている場合も判断が難しいです。たとえば医師が診察時に疑わしいけがを見つけて、すぐに連絡をくれれば話はまた別ですが。そういうケースなら行政も判断しやすいが、告発までに時間が経つとけがが治ってしまい、虐待の事実があったかわからない」

 高齢者虐待に詳しい淑徳大学の結城康博教授は、虐待の告発に対する行政の対応について解説する。

「今の制度は、行政が虐待の有無を認定して処罰するというより、虐待を未然に防ぐ環境になるよう指導する理論で動いています。虐待を認定した行政が施設側を指導すると大まかに決まっているが、指導の仕方は担当者に任せられている。担当者によって法の解釈が違えば、対応は全く異なるでしょう」

 ようやく行政指導を受けても、懲りずに虐待を繰り返す施設もある。行政が行うのは、施設に改善計画書を提出させる文書指導。都合よく書いて、指導をやり過ごす施設もあるという。

「施設の運営が難しくなる指定の取り消しも施設名の公表も、めったにありません。介護業界は施設数が少なく供給不足。あまり強く対応できないのでしょう。常習的に虐待が行われている施設は職員一人に問題があるのではなく、運営側が隠ぺいするような悪質な体質がある。経営側の研修など、行政による指導を強化すべきです」(結城教授)

 前述の江戸川区の施設で逮捕された男性に虐待されていたとみられる90代女性の家族は、やりきれない気持ちを抱える。

「施設の職員は大変な仕事をしていると思いますが、人手不足だから仕方ないと虐待を黙認できるわけがありません。人生の最後をそんな場所で迎える人たちのことを思ってほしい」

 制度のひずみを正さない限り、闇に葬られる虐待は減りそうもない。(井上有紀子)

週刊朝日  2020年12月4日号